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奇術

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「さぁさぁオイレが始めるよ 私は梟、昼間のフクロウ 大杖(ステッキ)片手に見せるは魔法 誰もが忘れた昔の秘法、私が魅せれば誰もが唸る 感心しちゃってホゥホゥホゥ」



 オイレさんはすぐには芸を始めず、歌うようにしゃべって場を盛り上げている。どうやら今日は歯抜きではなく、奇術を中心に内容が組まれているらしい。オイレさんは大きな杖を振り回しながらニヤニヤと怪しげな笑顔を浮かべ、会場をぐるりと見渡している。役どころは魔術師といったところか。


 オイレさんは私がいることに気づいただろうか。いや、あの人なら当然気づいているはずだ。何しろ私は、依然としてベルンハルト様に肩を抱かれたままでいるのだから。


 しかし、存在を認識されただけでは足りない。どうにかして渡したい手紙があるということに気づいてもらわないと、ここまでやってきた意味がない。本当は目が合った瞬間を狙って袖口の手紙をそっと見せるつもりだったが、この状態でその動きをすることはかなわなかった。



「何を隠そうこの(オイレ)、今年で齢2000歳 名前と魔法とこの美貌、譲り受けたは(キルケー)様からぁ」



 齢2000歳という大嘘はもちろん、この美貌、といって頬に手を当て、女性のように品をつくる姿に観客がどっと沸いた。



「はっはっは、まさか(オイレ)を名乗って(キルケー)の名前を出してくるとは、この芸人、なかなかに教養があるな!」


(キルケー)とはなんでしょうか……?」


「ギリシア神話に出てくる魔女さ。オデュッセイアーという叙事詩に出てくるよ。人間を動物に変えたり戻したりできると言われている。動物にした人間を元に戻した際には、もとの姿より美形になっているともいうが……ふははは、それをあの赤ら顔の小太りが言うとおかしくて仕方がない!」



 異端じみた魔術師という設定や、皮肉たっぷりの貴族まがいの風体など、ベルンハルト様の眼にどう映るか内心冷や冷やしていたが、心底楽しんでいらっしゃるようだ。オイレさんと接触する口実に大道芸の観覧をお願いしてしまったので、その姿に少しホッとする。



「最初の魔法は炎の魔法 杖から炎が出てくるよ それ、ホゥホゥホゥ!」



 オイレさんが杖をくるりと回すと、先端から炎が飛び出した。しかし炎が飛び出しただけでは終わらない。杖を使って器用にそれをあやつり、炎は杖にあたる度に黄色や青に色を変える。色が変わるたびに歓声が上がり、その声と拍手はどんどん大きくなった。



「続きましては水の魔法 樽に入った井戸の水、杖で水面を叩いたならば、真っ赤なワインに変わりまぁす」



 見習いらしき芸人が用意した、樽いっぱいの水に、杖の先をちょんと付けると、そこからじわじわと色が赤く変わっていく。だいぶ赤みが強まったところで、鍋をかき混ぜるように杖で樽をかき混ぜ、オイレさんはそれをコップに注いで飲み干した。



「おお、うまぁーい ……おっとっと、お仕事中に飲んじゃった こりゃまた失礼、あなたもどうぞ」



 思わず飲んでしまったという風におどける姿に、再び笑い声が上がる。そして、別のコップを取り出して近くにいた観客に渡すと、受け取った客は嬉しそうに飲んでいた。どうやら本当に赤ワインのようだ。


 改めてみると、オイレさんは本当にすごい。大道芸といっても芸の内容は幅広いが、初めて見たのがたまたま歯抜きだったため、わたしはどちらかというと暴力的な印象を持っていた。しかし、今日の奇術は違う。ただ不思議な術で驚かせるだけでなく、観客を笑わせることを忘れない。目的を忘れて見入ってしまうほど魅力的だった。



「さてさて皆さまここから本番 魔法もいろいろありまして、ひとりで起こすは小さな奇跡、誰かがいれば大きな奇跡 参加する人、手を挙げて」



 その言葉を聞いて、私ははっとして手を上げた。ベルンハルト様は私を見て、ほほえましいといった感じで背中を押してくださった。



「ではではそこの、左の隅の、綺麗な金髪のお嬢さん どうぞこちらへいらっしゃい」



 しかし、あてられたのは別の人だった。まばゆい金髪が目立つ、見たことがないほどに美しい女性。やはり舞台映えする人を選ぶのだろうか。私がベルンハルト様と一緒に見に来ている時点で、何か目的があると察してくれそうなものなのに。



「まさかこちらの会場に、こぉんな美女が来てるとは でもでも私の手にかかりゃ、どんな美女でもこのように……」



 楽しそうに笑顔で立つその人に、オイレさんが最初に脱ぎ捨てたマントをかぶせる。そしてなにやら呪文を唱えて杖を振ると、急に彼女の背が低くなる。



「あ、あれぇー! なんで、あたし、いつの間におばあちゃんに!?」



 マントをはがすと、そこには金髪の老婆が立っていた。焦った様子でしゃがれた声を上げ、皺皺の両手を見回している。



「何を隠そうこの(オイレ)、今年で齢2000歳 魔法の師匠は(キルケー)様、魔術の師匠は死神(ヘカテー)様ぁ」



 観客からどよめきが起こったが、私はそれより「ヘカテー」という単語にドキリとする。オイレさんからのメッセージととらえてよいのだろうか?



「とはいえ実はこの私、世にも敬虔な信徒です 神様以外が人間の、寿命を縮めちゃいけないね」



 再びマントをかぶせて杖を振ると、シルエットの背丈が伸び、中から先ほどの美女がほっとした様子で出てきた。協力のお礼なのか、オイレさんから小さな花束を受け取ると、少し涙を浮かべながら群衆の中に走って戻っていった。



「奇跡の時間ももうすぐ終わり お次の参加はどなたかな?」



 オイレさんがぐるりと観客を見渡すが、手を上げる人数はぐっと減り、数名の男性が手を挙げているのみだ。


 ……絶好の機会かもしれない。わたしは周囲に少し遅れて、そっと手を上げる。ベルンハルト様はぎょっとしたように目を見開いた。



「黒髪のお嬢さん、どうぞこちらへいらっしゃい」



 緊張しつつも前へ進み出ると、オイレさんは2輪の赤い薔薇を渡してきた。渡された薔薇を受け取ると、ふわりと大きな布がかけられる。



「最後の奇跡は恋の魔法 真っ赤な薔薇は情熱の花、あなたの心はお見通し 恋する人は誰かしら それホゥホゥホゥ!」



 かぶせた布がはがされると、2輪だった薔薇は1輪になり、金粉がかかってキラキラと輝いている。



「おおっ!?」



 小さな叫び声がしてそちらを見やると、ベルンハルト様の襟元に、同じくキラキラの赤い薔薇が差さっていた。



「えっ……あっ……」


「そうじゃないかと思ってたけど やっぱり魔法は正直だねぇ」



 驚く私にオイレさんはばちんと目くばせをし、群衆からヒューヒューと歓声が上がる。



「奇跡の時間はこれにて終了! ご観覧ありがとうございましたぁー!」



 拍手喝采の中、始まりと同じく大仰な礼をするオイレさんを尻目に元の場所に戻ってくると、嬉しそうに頬を染めたベルンハルト様に抱き寄せられた。


 ……そして、そっと袖口を確認すると、いつの間にか持っていた手紙も無くなっていた。

【お知らせ】

この度、イラストレーターの秋川ひぐらし様に、表紙を描いていただきました!

挿絵(By みてみん)


文字情報だけだったヘカテーとヨハンが、素敵な姿を得ることができて感激です!


美しく甘いけれどどこか毒のあるような世界観。

秋川ひぐらし様の他の作品は下記よりご覧ください。

https://www.pixiv.net/users/22344051



【今回のお話の補足】

本来、中世の奇術はカードやサイコロを使った「〇〇当て」的なものがメインだそうなのですが、オイレの性格とヨハン仕込みの知識量を考えて現代的な(?)内容にしてみました。もちろんタネも仕掛けもあるので、手品クラスタや化学クラスタの皆様は是非ニヤニヤしてくださいませ(笑)

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