街へ再び
ベルンハルト様を半ば騙すような形になってはしまったが、自分では解決できない問題を託せる先を思いつけたことで、私は少し心を落ち着けることができた。
今日聞いたこと、考えたことを書き忘れてしまうことがないよう、部屋に戻って早々に手紙を書く。
クラウス様とお話したこと。クラウス様の考えられているとおっしゃったこと。そして、そこに見つけほころびと、自分の見解。
さすがに疑いすぎではないか、洩らせばクラウス様の命が危ないという機密をこうもすぐに洩らしてよいのかと、何度も筆が止まってしまうが、私にとって最も大切なのはヨハン様だ。オイレさんは勝手な行動をとる方ではないし、ヨハン様がクラウス様を殺すこともないはずだと信じて、何とか全てを書き記した。
そして最後に、悩みつつも付け加えたこともある。
私は取り立てて演技が上手いわけではないので、綱渡りになってしまうが……もしクラウス様がヨハン様にとって危険な存在であった場合、一番近くで監視できるのは私のはずだ。
ベルンハルト様を介して顔を合わせることも多く、クラウス様からも「運命共同体」と呼ばれた。何より、クラウス様の言動からして、理由はどうあれクラウス様は私を自分の近くに置こうとしていることは明確だった。
私であれば、隠密のような諜報とまではいかなくとも、大きな動きがあった時ヨハン様へ情報を流すことくらいはできるだろう。
事務的で少々無機質すぎる手紙をしたため終えると、私はそれを肌身離さず持ち歩くことにした。自室の机にでも閉まっておけばよいのかもしれないが、小心者の私にとってこの手紙の内容は大事過ぎて、自分の手から放してしまうのはあまりに怖かったのだ。
そして翌週、ベルンハルト様と出かける日がやってきた。
「今日を楽しみにしていたよ、ヴィオラ! 大道芸を見るのは久しぶりだ」
「はい、私もです! ベルンハルト様は、大道芸をご覧になったことがあるのですか?」
「ああ。だが、通りすがりに出くわしたことがあるだけで、大道芸を見ること自体を目的に出かけるのは初めてだな」
「さようでしたか! 面白いものがみられるとよいですね」
通常、大道芸は予告なくやってきて始まることが多いものだが、今回は時間と場所が決まっているようだ。ベルンハルト様のご命令で芸人に指定していたのだろう。
今日はメイドとしてではなく、完全にベルンハルト様の愛人という立場で出かけているので、ベルンハルト様だけでなく私の荷物も従者の方々が持ってくれている。湯浴みをし、髪と肌もよく整え、侍女様お古の上質な服を着て、騎士に囲まれて……見た目も下級貴族くらいにはみえているかもしれない。自然に背筋が伸びた。
「そういえば、ヴィオラは少し緊張しているようだが?」
「ええ、久しぶりの街歩きで興奮しているのもありますし、騎士の皆様に囲まれて歩くのは初めてで……」
「ははは、では私たちはどちらも、初めて何かをする者同士ということだ! 今日は一緒に目一杯楽しもう」
もちろん緊張している最大の理由は袖口に忍ばせた手紙にあるのだが、ベルンハルト様は気にした様子もなく、明るく笑い飛ばしてくださった。
ベルンハルト様はいつも以上に上機嫌だ。道沿いの商店にご興味がおありのようで、時々立ち止まっては従者に指示し、どんなものがあるかを覗かれている。レーレハウゼンは商業の街。将来この街を治められるベルンハルト様にとっては、視察という意味もあるのかもしれない。
「やはりこの街は活気があるな」
「ええ、ご領主様のおかげです。私は物心ついたころからここで育ちましたが、皆いつも笑顔で、静かな街を見たことがございません」
「そうだろう、父上は偉大なお方だ。私欲に惑わされず民を思い、その結果が逆に富となって返ってきている。民あってこその領地だからな」
街の奥へと進んでいくと、段々と喧騒が大きくなり、笛と太鼓の音が聞こえてきた。
「ベルンハルト様、ヴィオラさん。そろそろ始まるようです。私は先に行って場所を確保してまいります」
従者の一人がそういって去っていった。軽快な音楽につられて、遊んでいた子供たちは走り出し、大人も商いの手を止めてそちらに向かう。
「いよいよか。さぁ、私たちももう少し早く歩こう」
ベルンハルト様に肩を抱かれるようにして進んでいくと、その先には人だかりができていた。一番見やすい場所にはさきほどの侍従が陣取り、こちらに合図を送っていた。
そちらに着くのとほとんど同時に、太鼓が一段と大きくどん、どん、どん、と打ち鳴らされ、音楽がいったん途切れると、マントルを翻した小太りの男が中央に進み出てきた。
「お集まりのみなみなさまぁー! 本日は、世にも不思議、摩訶不思議! 私オイレがこの場にて、数々奇跡を起こしましょう! とくとご覧あれぇー!」
男はそういうや否や、ばさりとマントルを脱ぎ捨て、背丈ほどもある大杖を高々と掲げて見せた。
……ああ、やはり運はヨハン様に味方した。お化粧で作った赤ら顔に貴族風の派手な衣装、仰々しいお辞儀で始まりの口上を述べるあの人は、間違いなくオイレさんだ!




