優秀な執事
ベルンハルト様はお忙しく、またお世話をするものも私だけではないので、頻繁に呼ばれることはない。しかし、近くで生活しているために、お姿は日常的にお見かけする。
おかげで嫌でも気づくことがあった。それは、ベルンハルト様がほとんどいつも、クラウス様を連れられているということだ。塔にいたとき、クラウス様はご領主様とヨハン様の橋渡し役を買って出ていると聞いていたので、私はクラウス様はいつもご領主様と共にいらっしゃるのかと思っていた。
そんなわけで、そこまで気になっていたというわけではないが、ベルンハルト様とお話しする際、話題の一つとして振ってみることにした。
「そういえば、ベルンハルト様はいつもクラウス様をお連れですよね」
「おや、クラウスのことが気になるの? 少し妬いてしまうな」
「あ、いえいえそういう意味ではございません! ベルンハルト様が侍従ではなくクラウス様をお連れということは、ご領主様のお側にはどなたがお仕えしているのかと思いまして……」
「ああ、そういうことか。父上のお仕事は領地に関することだから、仕事の話はほとんどヴォルフが請け負っている。家の中のことはむしろ私がクラウスと一緒に取り仕切っているんだ。だから、逆に父上のほうが侍従で事足りるということだね」
「そういうことでしたか。同じ使用人であっても、上の方々のことはよくわからなかったもので。それにしてもベルンハルト様は、ご武勇でも名高いのに、家の中のことまで取り仕切っていらしただなんてすごいですね!」
「いや、私は別に武勇で名高いということはないよ」
「ご謙遜なさらないでください。私はこのお城に来る前から、『黄金のベルンハルト』様のご名声は存じておりました。方伯のご長男様でありながら、自ら前線に出向かれ、兵たちの士気が一気に上がったと」
「それを武勇と言ってよいのか……私は言葉で皆を鼓舞しただけで、敵をバッタバッタと切り伏せたわけではないんだよ?」
何かをお褒めするたび、毎回否定してしまうこの方は、もしかすると最初の印象に反して意外と自己評価が低い方なのかもしれない。
ただ、私にはその姿が、もっと褒められることを欲していらっしゃるようにも思えた。いつも晴れやかで明るい笑顔を浮かべ、上に立つ者として頼もしいふるまいをなされるが、夕食後のこの時間に見るベルンハルト様は、日中より少しだけ幼く見える。
「それに、家の中のことにしたって、実務をやってくれているのはほとんどクラウスだ。私は彼の仕事を承認する係のようなものだ」
「そんなことをおっしゃらないでください」
だからこそ、もっと自信を持っていただけるような言葉をかけて差し上げたいのだが、お仕事の内容がよくわからない私にはその言葉を明確に否定することができないので、そのような反応をされると少し困ってしまう。
仕方がないので、話題をずらすことにした。
「執事というのは、大変なお仕事なのですね。今まで、私たち使用人をまとめてくださる方としか思っておりませんでした」
「そうだな、管理者だけに就ける者の少ない職だが、その中でもうちのクラウスは飛び切り優秀だよ。与えられた仕事を完璧にこなすだけではない。私のことをよく気遣って、ここぞという時に必要な言葉をかけてくれるのはいつも彼だ。それに、ちょっとしたことにもすぐ気が付いて、改善点を挙げ、私が納得すればすぐ実行してくれる。自分で自分の仕事をどんどん増やしていってしまうのだから、彼は相当な仕事中毒とも言えるが」
「それはすごいお話ですね。私など、目の前のことを片付けるので精一杯ですのに」
「ああ、なかなかいる人材ではない。クラウスは末っ子だったからこの家に執事としてやってきたが、もしもアウエルバッハ伯の跡継ぎだったら、あの家は彼の手腕で復興していたかもしれないね」
「復興、でございますか……?」
少し引っかかる言い方だった。お家を大きくするというのならまだわかるが、復興する必要があるような状況ということだろうか。
「おっと、少し良くない言い方をしてしまったな。君といるとどうも気が緩んでしまうようだ。そう、アウエルバッハ伯は前の代から宮廷での情勢が悪い……今は斜陽にあると言っていい。クラウスをうちの執事に出したのも、間接的であれうちの後ろ盾が欲しかったんだろう」
「そんなご事情がおありの方だったんですね」
「まぁ、仕事中毒ぶりもきっと、その負い目を仕事で返そうとしているんだろう。私は彼がいてくれて幸運だが、本来は執事にしておいてはもったいない男だよ」
ベルンハルト様は目を細めてそう言った。
「どんなご事情でこのお家に仕えていらしたとしても、ベルンハルト様のお役に立てるなら、私はクラウス様にとっても幸運なことだと思います」
「君は優しいね。私も彼にそう思い続けてもらえるように、頑張らなくてはいけないな」
これは別に、ベルンハルト様を喜ばせようとして言った言葉ではない。事実だ。
以前ヨハン様は、このお家には跡目争いがあるとおっしゃっていた。イェーガー方伯をベルンハルト様が継ぐか、ヨハン様が継ぐか。
クラウス様は、その跡目争いを有利に導くために、あえて自らヨハン様との橋渡し役を買って出るほど、ベルンハルト様を強く推していらっしゃるのだ。もちろん、クラウス様ご本人ではなく、アウエルバッハ伯のご意志かもしれないが、私は表に出る行動が全てだと思う。
「窓の外がだいぶ暗くなってきた。ヴィオラもお腹が空いているだろう。部屋に戻って休むといい」
「ありがとうございます。いつも楽しくお話させていただいてばかりですが、何かできることがあれば、いつでもお申し付けくださいませ」
あの日から、ベルンハルト様は私に無理に触れようとはなさらない。呼ばれるときも、夕食後のおしゃべりに誘ってくださるのみだった。使用人として、せめて仕事で役に立ちたいところだ。
「ふふ、今の私にとって、君と話せる時間が一番気が休まるんだ。話につきあってくれるだけでも、十分役に立っているよ。さぁ、おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ。失礼いたします」




