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お付きのメイド

直接的ではありませんが多少セクシャルな描写があります。苦手な方はご注意ください。

 ヨハン様がおっしゃったとおり、私はベルンハルト様のお計らいで、居館の空き部屋の一つを使わせていただけることとなった。

 滞在用に作られた部屋ではなく、簡易的な応接間の一種ともいえる小さな部屋だが、それでも個人部屋が与えられるなど破格の待遇だ。


 私の仕事は、基本的には普通のメイドと変わりはない。ベルンハルト様のお部屋だけでなく、その周辺の部屋や廊下の掃除や整理整頓なども併せて行う。ヨハン様のお付きだった時も、表向きは北の塔全体の掃除を任されていたため、新たに覚えるべきことは特になかった。


 ただ、塔から一切出ることのないヨハン様と違い、ベルンハルト様は頻繁にお出かけになる。また、空き時間も勉強に充てるのではなく、人手の足りない現場に赴いてほかのメイドたちの手伝いをすることが多いため、私の生活は一気にメイドらしいものとなっていた。


 その日、ベルンハルト様は、夕食後に私を部屋に呼んで、雑談に誘ってくださった。私が居館に移ってから、2度ほどはこうして雑談に呼ばれている。いつもお話は軽妙で、話題も宮廷の世間話を中心に多岐にわたっており、人と会話をすることにも才能があることを感じさせた。


 ご兄弟なのに、ヨハン様とは本当に対照的なお方だ。本よりも武芸を愛し、身の回りの品もどちらかと言えば派手なものを好まれる。ただ、派手だからと言って嫌味な感じはなく、鮮やかな色の服や金細工の小物もよくお似合いだった。ヨハン様のお顔が端正な印象だったのに対し、ベルンハルト様は目鼻立ち華やかなお方なので、あまり控えめなものだとかえって物足りない印象になってしまうのかもしれない。


 お話を聞きながら、そんなことを思ってお顔を見つめていると、ふいに視線がかち合った。どうやら無意識に見つめすぎてしまったらしい。慌てて目を伏せる。



「それにしても、君は本当に肌が綺麗だね」


「ありがとうございます。自分では特にそうは思いませんが、もしそうだとしたら、このお城で良いお食事をいただけているお陰です」


「謙遜することはない。上質な陶器のようで、こんな肌を持つ人はあまりいないよ」



 ベルンハルト様はそういうと、手を伸ばして私の頬に触れてきた。



「ヨハンは君にヘカテーと名付けたらしいが、私はどちらかというとセレーネーと呼びたくなるな。その黒い髪に白い肌は、月光によく映えそうだ」



 声を落とし、囁くようなその言葉には、多分な艶が含まれている。頬に触れていた指先は、耳元を通って首筋に移動し、私の髪を掬い取るようにして絡ませた。


 突然変わった空気に戸惑いつつ顔を上げると、いつの間にか先ほどまでの笑顔は消えており、熱を持った眼差しが私を射貫く。



「ヴィオラ、そろそろ日が落ちる。月明かりの時間だ」



 急に身体が浮いて、抱き上げられたのだと気づいた。ベルンハルト様のお顔が近づき、今度は手ではなく唇がそっと触れる。



 ……それが何を意味するか分からないほど、私は子供ではない。だが瞬時に受け入れられるほど大人でもなかった。



 そうだ、私は自分の望まれている(・・・・・・)立場を忘れていた。ヨハン様が一度もその権利(・・・・)を行使しようとしなかったために、守られる代わりに差し出すべきものがあるという単純なことを忘れていたのだ。


 高級な家具を移動するようにゆっくりと持ち運ばれながら、身体の奥から悪い感情が浮き上がってくるのを感じた。



 ……嫌だ



 嫌だ、怖い、



 離して欲しい



 だが拒否してはいけない。してよい相手ではない。


 理性を総動員させて、何とか気を落ち着けようとするが、次第に息が上がってきてしまう。抑えようとすればするほど短く、浅くなる呼吸。身体が言うことを聞いてくれない。



「ヴィオラ?」



 手足に痺れを感じ始めたあたりで、ベルンハルト様が異変に気付かれた。



「なんでも、ございませんっ!」



 必死に息を抑えながら答える私を見て、ベルンハルト様ははっとした顔で私を床に下ろす。



「どうした、息ができないのか!? 具合が悪いならすぐにでも医師を……それとも司祭を呼ぶか?」


「いえ、その、少し緊張しただけで、大丈夫で」


「どう見ても大丈夫じゃないだろう!」



 ベルンハルト様は、指輪をひとつご自分の手から外すと、しゃがみこむ私の喉元にそっとあててくださった。



「この脇石はアメジストだ。呼吸の病に良いと聞く。小さいから気休めにしかならんだろうが……」



 背中をさすってくださる手にはもう、さっきまでの熱はない。雰囲気が変わったのを感じるうちに、次第に呼吸も落ち着いてくる。宝石が効いたのか、単に時間の経過かはわからなかった。それほどの長い間、ベルンハルト様はただ私が落ち着くまで待ってくださった。



「……私が、怖かったか?」


「滅相もございません。ベルンハルト様が怖かったのではなく、その、こういった状況そのものに緊張してしまいまして……本当に申し訳ございませんでした」


「いや、私こそ申し訳ない。よく考えればもっと気遣うべきだったよ。君は半年も塔に閉じ込められて、あの悪魔(ヨハン)とたった二人で過ごしていたんだものな」



 返ってきた言葉は予想外のものだった。



「申し訳ございません。今のは私が悪いのです、ヨハン様は何も……」


「うん、わかっている。君がどんな日々を過ごしていたのか、聞こうとは思わない。でもこれだけは信じてほしい。ヴィオラ、私は君が嫌がることをしようとは決して思わない」


「塔での日々は幸せなものでした。どうか誤解なさらないでください、ヨハン様は何も悪くないのです」



 本気で訴えるものの、私の思いは伝わらない。



「健気だな。今日は落ち着くまで、もう少しおしゃべりだけしていよう。宮廷での土産話はまだあるんだ」



 ああ、私が未熟で、耐えられなかったばかりに、ベルンハルト様に余計な誤解を与えてしまった。兄弟の間に余計な軋轢も生んでしまったかもしれない。なんだか無性に悔しくて、悲しい夜だ。

中世ヨーロッパでは医師だけでなく、祈祷による治療も一般的だったといいます。また、鉱石も病気や怪我に効くものと信じられていたようです。ヒルデガルド・フォン・ビンゲンが呼吸器疾患に効く石としてアメジストを挙げているのですが、アメジストは高価な宝石ではないため、ベルンハルトが持っているとしたら脇石に使われている程度かな……と思ってこうなりました。

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