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服につられて

3/18追記:

すみません、今話がいつもに比べ分量が長すぎたので、加筆の上2話分に分割しました。


加筆した部分は次話(39話:小さな労働者)の後半がほとんどなので、今話の話の筋は変わっていませんが、もしよろしければお楽しみください。


ちなみに、3/19 0時も予定通り投稿予定です!

 窓にかけられた服の合図につられてやってくるヤープを待ちながら、私はほんの少し、ヨハン様にお礼の件を話したことを後悔していた。

 ヤープは子供だ。人間の解剖という綱渡りのようなことに巻き込むのが気が引けるし、そもそも彼があの年で埋葬などの仕事まで行っているのかもわからない。親や周囲の大人に頼めるかもしれないが、事情の説明に困るだろうし、いくらお礼になんでもする心づもりといっても荷が重いのではないだろうか。


 それに、せっかく合図を見てやってきたのに、目当ての動物がなく、余計な作業が増えるとなったら、やはりかわいそうだ。ヤープが来たら、仕事を頼みたい旨だけ告げて詳しいことは話さず、ヨハン様のお部屋に案内する手筈になっている。



「あ、メイドのねーちゃん!」



 いつも通り、小さな人影が近づいてきた。私を見て手を振ってくるが、入れ物らしきものがどこにもないことに気づくと怪訝な顔をしている。



「おはよう、ヤープ。ごめんね、今日は動物の引き取りじゃないの。服の合図しか連絡手段がなかったから」


「ちぇ、なんだよ。でも、合図をくれたってことは何かおれに用があるんだよね?」


「ええ、ちょっと仕事を頼みたくて。案内するから、ついてきてくれる?」


「うん、わかった!」



 ヤープは素直に塔の中までついてきた。改めてヤープを見ると、服はボロボロで、洗濯をした形跡もなく、靴すら履いていない。私はヨハン様に合わせる前に着替えさせるべきか少し迷った。



「どうかした?」


「いえ、なんていうか……これからヤープには、私の主、つまり貴族の方に会ってもらうの」


「え、貴族!? まじで!? 大丈夫なのかよそれ!!」


「そう。それで、貴族の前にその服で出して大丈夫かなと思って……」


「うーん、わかんないけど、おれはこのまま早く行ったほうがいいと思う。その人だって、おれがどんな身分かぐらい知ってるんでしょ? 怒られるときは何着てても怒られるから、待たせないほうがいいよ」



 確かに、「礼儀」ではなく「怒られるかどうか」という観点で見れば、ヤープの言う通りだった。ヨハン様は使用人である私と同じテーブルで食事をとろうとするようなお方だ。もしご気分を害するとしたら、服装よりもお待たせすることでの可能性が高い。また、初めてヤープと会った時のように、上から様子を見て、部屋に来るのを待っていらっしゃるかもしれない。


 私たちはそのままヨハン様のお部屋に向かうことにした。



「失礼いたします、ヘカテーでございます。ヤープをお連れいたしました」


「入れ」



 ヨハン様に促されて私は扉を開けた。しかし、ヤープはその場で跪き、中へ入ろうとしない。



「ああ、そうか。ヘカテー、そいつを連れて中へ入れ」



 その言葉を聞いて、ようやくヤープは立ち上がって私の後について進み、私が立ち止まると再び跪いた。


 そういえば、ヤープの身分とはそういうものだった。通常、賤民は市民とかかわりを持つことはほぼなく、まして貴族の前に立つことなど全くあり得ない。


 更に、ヤープの職業は皮剥ぎ人である。例えばオイレさんのような歯抜き師・奇術師といった芸人も賤民に分類されるが、刑吏に類する職である皮剥ぎ人は、賤民の中でも特に疎まれる最下層の存在だ。ギルドや市民権を持たないというだけではなく、彼らに何か協力した市民も、そのことが判明すれば賤民に身分を落とされてしまうほどの。


 したがって他人から話しかけられたり、まして何かを与えられることなどまずない。それは、形ある物品に限らず、権利や許可といったものもそうだ。


 先ほどの会話は、ヨハン様と私(・・・・・)が会話したに過ぎない。入れという言葉にも目的語がなかったため、ヤープは勝手に入室の許可を得たと解釈するわけにはいかないのだ。


 つまり、ヨハン様がヤープをご自分の部屋に招き入れるなど異常事態に他ならない。それでもこの部屋でヨハン様がヤープに言いたいこと・訊きたいことがある場合、普通に考えれば私を介して会話することになる。そして、万一ヤープが塔に出入りしているところを他の者に見られていた場合、私がヤープに手を貸したり、得になるようなことは何もしていないということを、ヨハン様が証言してくださる……という流れになるはずだ。


 だが、ヨハン様は跪くヤープを見やると、直接声をかけられた。



「ヤープといったな。この塔の中はこの世の外と思え。ここで見聞きしたこと、話したことは、全て存在しない。わかるか?」


「は、はい! ……です?」



 ヤープは冷や汗を浮かべながら、必死に丁寧な言葉で答えようとする。



「顔を上げてよい。今日は呼んだのは他でもない。自殺者(・・・)の埋葬を頼もうと思ってな。そこの袋に入っている。身元は不明だが、この城の近くで見つかったものだ」


「わかりやした」


「最近は治安があまり良くなくてな、こういったものがまた見つかることもあるかもしれん。その時はまた頼めるか?」


「はいです」


「ちなみに、俺は皮剥ぎ人に何かを依頼するのは初めてだ。相場がわからないんだが、お前は1回につきいくらで請け負うか?」



 その言葉を聞いて、私は少しドキリとした。


 おそらく、これは、ヤープが共犯(・・)になるに値する人物かを確かめるための質問だ。以前申し出たお礼がこの作業であると理解して何も言わず了承するか、仕事と聞いて普通に金銭を要求してくるか。


 後者であった場合、ただ次がないだけであればよいが、口封じに処分される可能性もないではない。賤民とは、それだけ軽く扱われる身分だ。ヨハン様のお優しい面を知る今となっては、簡単にそんなことはないと信じたいが、子供にするにはずいぶん危ない質問である。

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