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食事の後で

昨日、日間ランキング42位をいただきました!ありがとうございます!

 その日のうちに、なんとか全ての傷を縫い終えることができた。脂肪を内側に貼り付けて成型した顔は、少しばかり人形じみた不気味さを呈してはいるが、初めての作業としては及第点だろう。オイレさんが吹き飛ばした腕を含め五体満足となったことで、人としての尊厳は回復できたように思う。何より、最後まで一人でやり遂げたことで、私は今後、命に携わるだけの資格を得ることができたような気がした。


 調理台の片付けも終える頃には、もう日が落ちてきていた。夕食はすでにお部屋の扉の前に置いてある。ヨハン様は依然お休み中だが、これ以上ここに放置するわけにもいかない。



「ヨハン様、失礼いたします。夜になりました」



 私がそっと声をかけると、睫の長い瞼がゆっくりと開いた。



「ここは冷えますし、椅子では背中が痛くなってしまいます。お部屋でお休みくださいませ」


「そんなに眠ってしまっていたのか。この毛布はお前か? あの後解剖は……」


「はい、傷はすべて縫い終え、使った器具の片づけと調理台の毒消しも済んでおります。観察されていた心臓はすでに塩の中に戻されているようでしたので、紙だけこちらにまとめておきました」


「そうか。苦労をかけた」


「当然のことでございます。夕食はお部屋にご用意しておりますが、召し上がりますか?」


「ああ、食べよう。もう暗いな、お前も蝋燭を持って部屋に来い」



 ヨハン様は少し顔を歪め、身体を延ばすように動かしながら立ち上がった。声をかけるのを躊躇ってしまったが、もう少し早く起こして差し上げるべきだったかもしれない。


 自室に立ち寄り、蝋燭をもって出ようとすると、ヨハン様は扉の前でかごを持って待っていらした。



「やはり言葉不足だったな。蝋燭だけでなく、お前の食事も持ってこい」


「え……」


「それとも、もう食事は終えていたか?」


「いえ、ありがとうございます。持ってまいります」



 そういえば以前もこんなことがあった。ヨハン様はこともなげにおっしゃるが、やはり使用人の身で主とともに食事をとるという発想はなかなかできない。


 お部屋につくと、まずテーブルに蝋燭をセットして明かりをつけ、かごに入っていた食事を並べる。私の食事も、できるだけ端のほうに除けて並べた。

 蝋燭の明かりで食事をとること自体も稀なことなので、白昼夢を見ているような不思議な気持ちになる。



「変な時間に眠りすぎてしまった。少し頭が痛いな」


「申し訳ございません。最近お疲れのご様子でしたので、お起こししてよいものか迷ってしまいましたが、もっと早くに声をおかけすべきでした」


「そういうことが言いたかったのではない。謝り癖は直せと言っただろう」



 ヨハン様はため息をつきながらワインを口に運ばれる。



「お前の父が持っていたというあの本だが、内容については今まで何か教わっていたか?」


「いえ、本自体を読んだことはなかったのでなんとも……ただ、以前初めてヨハン様にお会いした時、銀での毒見は我が国の知識にはないとおっしゃっていましたので、そうとは知らずに聞いていた内容もあるかもしれません」


「そうか。ちなみに、頭が痛いときに何かをするという話はきいているか?」


「はい、父は私が頭が痛いというと、まず手足の冷えや熱があるかなどを調べてくれ、のぼせているようならシナモン、そうでなければリコリスを煮出したものを飲ませてくれました」


「なるほど、頭痛以外の症状も見て判断していたのか。ビンゲンのヒルデガルトが似たような薬草の使い方をしていたが、頭痛にシナモンは初めて聞いた。しかし、お前の父は本当に商人か? 薬草を用いた治療の知識の深さは、まるで優秀な修道士だ」


「確かに、教養の高さや丁寧な言葉遣いなど、還俗した修道士のような気も致します。ただ、あの本は祖父の形見と言っていたので、薬草の知識をもたらしたのがあの本なら、父ではなく祖父がそうだったのかもしれません」


「それにしては、ラテン語ではなくギリシア語と不思議な文字のという組み合わせが不思議だが……いずれにしろ、あの本は薬草学について、重要な知識をもたらしてくれそうだ。読み解いて実践してみよう。……ところで、いつも解剖後の動物を取りに来ている皮剥ぎ人の子供がいたな。確かヤープといったか?」



 ヨハン様はふいに話題を切り替えられた。



「はい、ヤープです。いつも質の良い原皮が無料で手に入ると、ヨハン様に感謝しておりました。皮なめしでも他の加工でも、何かお礼にできることがあればやりたいとも」


「それは何とも丁度よい申し出だ。さきほどお前が縫った遺体だが、見違えるほどきれいになっていた。元々オイレに適当に処理させるつもりだったが、何やらもったいないような気がしてな」



 ヨハン様のお顔に、にやりと意地悪そうな笑みが浮かぶ。



「ヘカテー、あとで窓に服をかけておけ。ヤープ(そいつ)に礼とやらをさせてやろうじゃないか」

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