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凱旋

ここまでお読みくださりありがとうございます! ご感想やブックマークなど、感謝に堪えません。


骨折の治療についての描写があります。苦手な方はご注意ください。

 バリウムの港で船を降りると、私たちを待っていたのは嵐のような歓待だった。どこで聞きつけたのか、船着き場にたまっている群衆と、そこから上がる割れるような歓声。勢いよく振られるたくさんの手で景色がオレンジ色に滲む。



「これは、ちょっとした英雄気分ですね」



 ラースさんが笑う。イタリア語はわからないので何を言っているかは想像するしかないが、興奮しきった笑顔が並ぶのを見れば好意的な言葉であることに間違いはない。時折聞こえてくるクストーデという単語は、ラテン語のcustos同様番人ないし守護者という意味だと思われた。きっと、キリスト教の守護者として、あるいはキリスト教圏の(・・・・・・・)守護者として祭り上げられているといったところだろう。戦勝を知らせる先ぶれが出ているとは思っていたが、こんな形で待ち受けられるとは思わなかった。



「なんでこんなに歓迎されるのでしょう? もちろんイコニウムの奪還は快挙ですが……」



 私が疑問を口にすると、意外なことにラルフさんがその疑問に答えてくれた。



「この街はそもそも異教徒とかかわりが深いんだよ。昔旅芸人仲間に聞いたことがある。バリウムの守護聖人は聖二コラ。守護聖人になったのは、もともと聖二コラの聖遺物があったアナトリアのミラという都市が異教徒の手に落ちた時に、バリウムの漁師がはるばるミラまで行って、異教徒の危険にさらされる前に聖遺物を回収したことが理由だとよ」


「そんなことが……」


「回収っつっても、頼まれたわけじぇねぇから、要は盗み出したわけだがな……つまりはここの住民は、異教徒から何かを奪還するってことについちゃ、人一倍関心が高いってことだ」



 軍はその聖二コラの聖遺物が安置され、百十年の工事を経て竣工したばかりのサン・ニコラ聖堂へと向かう。聖堂までの道も、朗らかに笑う人々で溢れかえっていた。町はちょっとしたお祭り騒ぎだ。歓声と、歌と、嬉しそうな笑い声に包まれながら進む道で、私たちは多幸感に包まれながら聖堂を目指した。


 聖堂は、どちらかというと簡素なたたずまいだが、白い壁が美しい建物だった。後で聞いたところ、この土地に特有の石灰石を使用してこのような外観になったらしい。私は行軍しながらギリシアで目にした白い壁を思い出した。


 正面の扉の両脇には二頭の雄牛があしらわれている。中に入ると色大理石の柱が白い壁によく映えていた。祈りを捧げる場を美しく飾りたくなるのは人の性なのだろうか。


 祈りの時を終え、聖堂の外に出ると、オイレさんが待っていた。そのそばには、不安そうに眉根を寄せた男女の二人組がいる。



「オイレさん、どうかなさったんですか?」


「息子さんが大工で、大けがをしたそうです。まだ少し時間はありますから、医療班の皆さんで治療していただけませんか?」



 そして、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、私に耳打ち一つ。



奇跡(・・)を起こしちゃってよ。ヨハン様の戦功が伝説になるように」



 どうやらそちらが本題であるらしい。たかが軍医(・・・・・)が通常では治せないような怪我を治したとなれば、ヨハン様の勝利には神の御意志が見えるようになる。


 案内された場所に行くと、一人の青年が地面に横たえられていた。片膝を抱き、脂汗を浮かべて喘いでいる。見ればその足は血にまみれ、足首のところから白いものが露出していた。



「大変だ、折れた骨が皮膚を突き破っている!」



 ハンスさんの慌てた声に、その白いものが骨だということに気づいた。高いところから落ちたのだという。



「まずは毒消しです、お酒を!」



 私たちは青年に木片を噛ませ、急いではみ出た骨の毒消しを行った。木片で押し殺された叫び声が耳に痛いが、痛みの伴う治療を行わないと、彼ははみ出た骨に付着した毒により病で死んでしまう。体内にあるはずのものが外に出るというのはそれだけ恐ろしいことなのだ。


 続いて、骨を元の位置に戻すことに腐心した。骨の形状はわかっている。引っ張ったり曲げたりして、何とか骨を皮膚の中に押し込み、正常な位置へと移動させた。



「次は固定です。針金はありますか?」



 針金の毒消しを行うと、それを肉に潜らせ、骨の割れた部分を固定する。ここまでひどい骨折では、外側からの固定だけでは不十分だからだ。最後に、外から布をぎちぎちに巻いて脚の形を固定する。


 これだけのことをやるのに、六時課の鐘から九時課の鐘までかかった。それでも、はじめての実践にしてはかなり手早くできたように思う。戦地で傷を縫い続けたことが、私たちの手先の動きを滑らかにさせたのだ。


 助かったことを告げると、青年とその両親は涙を流して喜んだ。骨が固まるまで3か月ほどかかることと、その間の対処の仕方などを説明すると、涙を拭うことも忘れて、うんうんと熱心にうなずきながら聞いてくれた。その顔に、私たちは労力のすべてが報われたような気持ちになった。

> バリウム

現在で言うイタリアのバーリです。


> 六時課の鐘から九時課の鐘

現在で言う正午から午後3時ごろです。

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