会談
そして、私たちのコンスタンティノポリス滞在は、当初の予定よりも伸びることになった。何故ならば、この都に、帝国からの使者が滞在していたからだ。
滞在していた使者はなんと、ヨハン様だけに会談を申し入れてきた。密談でもなければ例え話すことがなくともジークフリート様も揃って会談するはずなのに、厚顔無恥と言われても当然の行動。その思惑をはかりかねて、私たちの間には緊張が走る。
そもそも帝国からの使者……それはすなわち、皇帝の手の者ということである。そして、わざわざ今ここで合流するように私たちを追いかけてきたのではなく、以前から常時滞在しているはずと考えるのが自然だが、行きに会談の予定が組まれることはなかったし、祝賀会にも顔を見せていない。これは皇帝の意思をそのまま表していると考えて良いだろう。すなわち、ヨハン様の勝利を歓迎していない。
ならば、今になって話したいといってきたのは一体なぜか。いくら警戒してもしすぎるということはないだろう。
「ヨハン様、このたびはご戦勝、誠におめでとうございます。私はアロイスと申します」
その挨拶に、ヨハン様の眉が僅かに顰められる。彼は名前だけ名乗った。ビザンツとの外交の窓口としてコンスタンティノポリスに常時滞在する役職であれば、貴族が就いていてしかるべき地位。お家の名を名乗らないということは、彼は使者というより、本当に使いの者に過ぎないということだ。しかし、あの計算高い皇帝が、単なる軽視だけで本物の使者を寄越さないなどと言う真似をするだろうか。いよいよわけがわからなくなる。
「お察しの通り、ビザンツに常駐の外交官は別の方です。というか、今回はその方は何の関係もありません。私は聖地奪還戦争の動向を探り、逐一その情報を帝国に届けるための人員。つまりビザンツに対する対外的な存在ではなく、あくまで帝国国内の内輪の存在です」
「なるほどな。それで、ジークフリート殿を外してわざわざ私だけ呼んだのは何の用件だ」
「実はこの度、お呼びたてしたのは、イェーガーのお家の名誉のためです」
「なんだと」
「すでに概要はお聞き及びと存じますが、帝国に新しい税が導入されました」
「帝国税のことか」
「ええ。しかし、実は誠に残念ながら、早くもイェーガー方伯様には、横領の嫌疑がかかっております」
「証拠が? イェーガーは横領などしていない。そんな訳はないと思うが」
「お父様を信じたいお気持ちはわかります。ですがほぼ確定事項です。無論、ご本人は否定なさっているが、証拠はぼろぼろと出てきているとのことですよ。言い訳も苦しい状況だとか」
アロイスさんの目がぎろりと光るが、私たちは動じない。そもそもそれは想定のうちだからだ。横領をしているというのはネーベルを使って皇帝側へともたらした偽の情報だ。イェーガー方伯領の収税は聖堂参事会に委任しており、横領のしようがない。そこに皇帝側が嫌疑をかけることで間接的に教会への嫌疑とし、教会と皇帝との仲を裂こうという計画である。したがって、証拠がぼろぼろ出てきているというのは明らかに嘘だ。
しかし、続けられた言葉にはさすがに動揺が走った。
「……対して、ヨハン様はこの度の戦争で大きな功績を上げられました。私たちはどうしても考えてしまうのですよ。果たしてどちらの方が、方伯の座にふさわしいのか、とね」
直感する。この会談は、この一言を言うために開かれたものだ。
「何が言いたい」
「いえ、ただ思ったことを言ったまでです」
「そうか。だが無用な発言は身を滅ぼすぞ」
「申し訳ございません」
アロイスさんの瞳にわずかな失望と企みの色。
「もしよろしければ、お父様にお手紙を書かれますか? 帝国まで使いを出せます。ご自身の到着より遥かに早くつきますので、戦勝のご報告とお土産でも……」
「要らん」
「さようでございますか」
「言いたかったことはそれだけか? ならばもう話すことはない。ここも早く発たねばならんからな」
会談は打ち切られ、アロイスさんは残念そうな表情で部屋を後にしていった。
「一体なんだったのでしょうか、この会談は……」
「わからんか?」
ヨハン様は不快そうに鼻を鳴らして応えられる。
「俺が戦勝に舞い上がっていれば、父親殺しか、殺しまでいかずとも力づくで地位を奪うようなことがありえたのさ」
「父親殺……そんな!」
「もし唆すことに成功すれば、邪魔なイェーガー方伯は消えるし、息子は殺人罪で処刑できる。しかし、その僅かな可能性に賭けるとは、皇帝もこの戦勝に相当切羽詰まっているらしい。帝国税のくだりが出てきたのは、横領について糾弾した結果がどうなったかの情報がまだ入ってきていないことを示している。予め戦争で勝利を収めればこのように動けという指示が出されていたんだろう。正式な使者ではなく使い走りがやってきたのは、のちのちそんな使いは出していないとしらを切るためだ」
「最後に出てきた手紙のお話は……」
「俺が唆されそうにないとわかったので、今度は罠にはめようとしたのさ。父上を毒殺する。俺からの手紙を上手いこと加工して使って、毒殺に使われた酒なり食べ物なりを俺からの贈り物のように偽装すれば、父親殺しの濡れ衣を着せられる」
「ご領主様は大丈夫でしょうか」
「この方法以外に、皇帝が手を汚さず父上を殺す方法は思いつかん。だから大丈夫とは思うが」
帝国に辿り着く前から、早くも皇帝との攻防が始まっている……いや、そもそもこの戦争自体が、異教徒とではなく、皇帝との戦いだった。ヨハン様は、遠く東方の地まで出られても、ずっと帝国の政争の中に身を置いていらっしゃるのだ。




