歓待
イコニウムでの戦利品は、私たちを潤した。それは懐に対する比喩ではなく、物理的にである。異教徒たちはお酒ではなく、煎じ薬のように薬草を煮出したものを常飲するらしい。茶というその習慣のおかげで、私たちは飲用の薬草をたくさん手に入れたのだった。
「ミントにセージ、カモミールもありますよ! それからこれはタイムですね……この赤い花はなんだろう?」
ラースさんがもらった薬草を取り出して眺めまわす。帝国でも良く見られる薬草も多かったが、知らないものも一部ある。
「わからないものは戻ってからジブリールさんに訊いてみましょう。乾燥させてあるので、保存に問題はないはずです」
「それもそうですね。楽しみだなぁ」
漂う馨しい草花の香りが心をすっと爽やかにさせる。知っている薬草が手に入ったことは、帝国までの道中の不安を軽減させた。
そして、帝国に向けての行軍を始める日がやってきた。結局、多くの犠牲を払って奪還したこの都市に滞在したのは2週間足らず。もとより最小限の被害で早く帝国に帰るために計画されたイコニウム奪還であったので、長居しないのも当然の道理ではあるのだが、辿り着くまでの道程に対してあまりにも短いように思えた。あとは一部の騎士と聖堂騎士団で都市を維持するのだという。聖堂騎士団とは不思議な存在だ。エルサレムまで赴かなかった私たちは彼らと共闘することはなかったものの、こうして最後には彼らの力を頼ることになっている。とはいえ、聖地巡礼の守護者たちを目にしたのはほんの一瞬のことだった。
ああ、遠ざかっていくイコニウムの景色! 赤と白の建物に刻まれた複雑な文様の、何と美しかったことか。私はきっと、二度とこのサラセンの土を踏むことはないのだろう。ヨハン様に出征の号令など、再びかかるべきではないのだから。レーレハウゼンに戻れば、きっとまた塔での生活が待っている。往復一年に及ぶこの遠い遠い行軍が、私の生涯唯一の旅の記憶だ。暑く乾燥した空気を胸いっぱいに吸い込む。埃っぽいようなにおいがして、私はひとつくしゃみをした。
北西に向かえば向かうほど、サラセンの景色はビザンツの景色へと移り変わっていく。例えば、目元以外をすべて覆う服装をした女性たち。髪を結い上げて煌びやかなショールを羽織ったビザンツの女性もまた異国情緒に溢れてはいるが、いつも物陰に隠れているサラセンの女性たちの瞳は、私たちを映すなり怯えの色に染まる。同胞か否かを分ける信仰という隔たりは、ビザンツとサラセンとをきっぱりと分けていた。
行きと同じく、ドリュラエウムを経てコンスタンティノポリスへ。旅の道行きは、行きよりも速く感じられる。既に一度来た道だからか、それとも戦いに赴くという緊張感がないせいか。
コンスタンティノポリスで、ヨハン様とジークフリート様がビザンツの皇帝に招かれ、歓待を受けた。私もギリシア語通訳として同席した。私が口を開くたび、周囲の人々の好奇の視線が無言の圧力となって押し迫るが、黒髪の少年が通訳を務めることに異議を唱える者はいない。皆、わきまえているからだ。これが単なる祝賀会ではなく、帝国の代表同士の公式な会談の場なのだということを。
「重要な拠点をキリスト教徒の手に取り戻したこと、貴君らの勇敢な働きに大いに感謝し……」
「今後とも両帝国の良い協力関係を……」
語られる言葉も、そのほとんどは仰々しくもってまわった言い方をされただけの謝辞だった。イコニウムの奪還は、それだけ対外的な影響があったということだ。ヨハン様は確かに、帝国の未来をより良い方向へと進められたのである。
そんな訳で、コンスタンティノポリスを発つ頃には、私たちはさらに潤った。無論、これは物理的にではなく、懐の話だ。たっぷりと補給された食糧や雑品。行きは全て実費で賄っていたというのに、ビザンツの国も現金なものだ。
「まぁ、出してくれただけ感謝せねばな。俺は特に何事もなく帰るものと思っていたぞ」
私の思うことを察してか、ヨハン様がそう笑われる。肩の力が抜けたそのお姿を見て、私はやっとひと心地着いたような気持ちになったのだった。




