明るい終幕
やがて、都市を包囲しているティッセンの軍と合流するため、移動の号令が出た。結局治療の手は歩兵まで届かなかったが、きっとヨハン様のことだ、戦争の常識からしたら十二分に時間をとってくださったのだと思う。
私たちは誰からともなく、祈りをささげた。救えなかった命……遠く故郷を離れ異国の地で命を落とした者たちのために。そして、帝国で彼らを待っているはずの、その家族のために。私たちの手から零れ落ちた命は、まだすぐには悲しみを生まない。妻や子供たちは、彼らの死した何か月ものちまでその帰りを待ち続けるのだろう。そして、いよいよ兵が帰ってくるらしいと聞いて地平線上にその姿を探し、隊列の最後まで見つからないことを知って絶望にひざを折るのだ。きりきりと胸が痛んだ。
「私たちは、やれるだけのことをやりました」
ハンスさんが徐に口を開く。
「皆、良い働きでした。本来なら救えなかったはずの命まで、その手によって治したと思います。死んでいった者たちに対して責任を感じる必要はありません。それでも納得できないのであれば、その胸を突き刺す後悔と罪悪感こそが私たちに与えられた罰であり、償いの証です」
皆、静かに頷いた。そうだ、私たちは「救えなかった」という記憶の十字架を、この先背負って生きていくのだ。
「前を向いて、引き続きできることをしましょう。戦いに勝利したとはいえ、まだレーレハウゼンに着くまで何か月もの道程があります。その間怪我人も病人もでるはずです。家に帰るまで、この軍の人員を減らさないことこそが我々の責務です。引き続き頑張りましょう。よろしくお願いいたします」
……そうして戦場を後にした私たち見たのは、灰色の煙にくすぶるイコニウムの都市だった。
「まだあんなに煙が……都市の方も熾烈な戦いが繰り広げられたのでしょうか。ジークフリート様たちは、ご無事でしょうか」
私が思わずそう口にすると、ラルフさんがため息交じりに答える。
「いいや、あれは略奪だ。攻囲戦が長引いているならこっちにも出陣の要請が来てるはずだろうよ。そうでなくてただの合流ってことは、戦いはとっくに終わって、ティッセンの連中が戦利品を物色して回っているところというわけさ」
言われてみれば当然のことであった。私は、軍議の時、ジークフリート様が権利を多めにもらうとおっしゃっていたのを思い出した。おそらく、この先行して行われている略奪がその一端なのだろう。
「ヨハン殿の作戦立案は素晴らしかったですね! ご予想の通り都市はほとんどもぬけの殻、簡単に制圧することができました。市内で手に入れた戦利品は合わせて10万マルクにも上りますよ!」
合流したのちの軍議で、ジークフリート様は晴れやかな笑顔を浮かべそうおっしゃった。再び、きりきりと胸が痛む。わかってはいる、戦争に略奪がつきものだということは。争いの絶えない世において、支配者たちは様々な思惑で兵を差し向け合い、民とはいつでも略奪の恐怖におびえながら生きていくものだ。レーレハウゼンだって例外ではない。
それでも、受け入れがたく思う。私はまだ、どこかでこちらが正義だと思い込んでいた。イコニウムを奪還する……言葉では何度もそう口にしていても、それが具体的にどんな状態を示すのかは、無意識に考えないようにしていたように思う。無辜の民からあらゆるものを奪うという悪魔の所業が、味方によって引き起こされるとは思っていなかった。昔なら、今も尚目をつぶっていられたのかもしれない。しかし、医学の師たるジブリールさんという存在が、私の「異教徒」というものの認識を、得体のしれぬ集団から血の通った人間へと変えていた。この後ろ暗い気持ちは、救えなかった命に対する罪悪感とともに、生涯私の頭の中に影を落とし続けるのだろう。
「奪還はこれにて成功です。守備のための騎士たちを残したら、聖堂騎士団に連絡を取って都市を維持しましょう。これからは、多くの人々が巡礼の途中でイコニウムにより、パウロの説教に想いを馳せることができます。この地を奪還した我々の働きは、広く称えられることでしょう!」
あまりにも明るく進行する軍議の中、私は伏せた顔を上げることができなかった。
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