猛禽
「そうか、そういえばお前と異父兄弟になるのだな」
ヨハン様は顎に手をやりながら、何度も軽く頷かれる。
「エルサレム奪還からイコニウム奪還に目標を変更することについては、ぎりぎりまで向こうの陣営にも口を噤むつもりでいたのだが……」
「最後までお話にならないつもりだったのですか?」
「ああ。聖地奪還戦争という名目上、士気にも影響する可能性はあるし、勝手に進路を変えることは教皇に背くこと捉えられかねない。反対にあう可能性も高く、下手をすればせっかく築いてきたティッセンとの協力関係にひびが入るような博打だ。イコニウムに予め協力者を作っておき、彼らから助けを求められたという建前を作るまでは、秘密にしておくつもりだったのさ」
「信徒から助けを求められれば断れないし、奪還後は一旦帰るという提案をしても不思議には思われない……ということですね。しかし、それでは結局勢いづいて『このままエルサレムを目指そう』となるのではありませんか?」
「イコニウムが奪還できていれば説得する自信はあった。だが、名より実を取るティッセンだ。このあたりで共謀しておいた方が、すんなりと事が運ぶかもしれんな。お前と血を分けた兄弟ならば、頭の方も信頼できる」
「母の血を引いているのであれば、きっと冷静で合理的な判断のできるお方です。もっとも、これは私の勘に過ぎませんが」
「女の勘というのは馬鹿にできぬものだ。とりわけ、家族のことについてはな。それに、この行軍で彼の人となりについても大体わかってきたし、もともと得ていた情報からしても優秀さ自体にに疑問はないのさ。曰く、鷹揚な父親と違って、狡猾で冷酷、とな。俺に似た評判で、やりやすそうな相手ではないか」
「ヨハン様は狡猾でも冷酷でもないと思いますが……しかし、狡猾というのはきちんと実利の計算ができるとも捉えられます。今回は計画の内容が内容ですので、敬虔で実直な人物より、かえってやりやすいというのは同感です」
そういうわけで、聖堂騎士団との合流を却下すると同時に、目標変更の計画についても明かすこととなった。
ヨハン様は、その場に私も同席するようにとおっしゃった。さすがに軍医の身分では同席するのにも不足で、いらぬ疑念を持たれかねないので、騎士の装備を借りる。口は挟まず、同席するだけ。私は人の表情によく気が付くので、相手の陣営の反応を良く観察するのが今回の仕事だろう。
ティッセンの軍を率いる宮中伯のご子息、ジークフリート様は、暗めの金髪にどこか退屈したような青い瞳、鋭い鼻梁にやや長めの頬……私と似ているかと言われると、少々難しいような気がするが、それは私が自分の特徴を黒い髪と目に見出しているせいかもしれない。いずれにしても、祖父にあったときのような、自分の血を本能で感じるような感覚はなかったのだが、私はその華やかなお顔立ちからまだ見ぬ母を想像してみる。きっと彼女も、この方のように、知性を持て余したようなけだるい表情を浮かべているのだろう。紫の瞳の姫君であれば、そのけだるさも一種の色香として機能したのではないか。
ジークフリート様とお付きの者たちは、ヨハン様からの返答を静かに聞いていた。年長の騎士は、目の奥に狼狽を感じたが、ジークフリート様は終始表情を崩されない。
「イコニウム奪還を目指すという案には私も賛成です。此度の戦、我ら両家の力を削ぐことという皇帝の目論見も入っています。みすみすそれに乗ることもありますまい」
「ありがとうございます。イコニウムの協力者は私の方で取り付けるつもりです。このままゆっくりと南東に進み、まずはコンスタンティノポリス経由でドリュラエウムを目指しましょう」
「ええ、異論ありません。ところで……」
すると急に、ジークフリート様は目を細めて、ぎょろりと動かされた。その視線は鋭く私へと突き刺さる。
「随分と若い騎士が同席するものですね。今までの会談に彼はいなかったかと思いますが」
どくん、と鼓動が跳ねて、手足が震えるのを感じる。先ほどまでのけだるさは消え去り、まるで猛禽の瞳。
「ええ、今回初めて同席させました。特別な任務を申しつける者です。この機会にお目にかけておこうかと思いまして」
「なるほど、そういうことですか。いえ、異邦の面立ちが気になりましてね。先日お貸ししたソウスケもそうですが、お互い珍しい配下を持っているものだと思いまして。突然失礼いたしました」
口で詫びつつも、ジークフリート様の瞳は私を捉えたまま離さない。
「今後、彼を使うこともあるでしょうが、今日のところは単なる顔見せということで」
「お借りすることは?」
「ご容赦ください。お持ちの駒をお使いになっては? 例えば、そこの彼とか」
「ははは、どこまで手の内を見られていることやら」
ようやく私を解放し、ジークフリート様は目を伏せて笑われた。初めて出会った私の兄弟は、やはり母親の血を色濃く引いているようだった。
> コンスタンティノポリス
通称コンスタンティノープル、現在で言うトルコのイスタンブールです。
> ドリュラエウム
現在で言うトルコのエスキシェヒルです。




