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目指すは

 何を考慮すればいい? 何を基準に選べばいい? 相手の軍勢や、地理的な難しさなどが頭をよぎるが、ヨハン様が望まれているのは、もっと別の視点だ。



「エルサレムを目指すとして、新たに必要な準備などはございますか?」


「補給が必要だが、当然計画のうちだ。騎馬略奪行(レイド)の予定もある」


「つまり、行軍自体には目的地変更の影響は特にないわけですね」


「ああ、もともと表向きはエルサレムを目指すという話だったからな」


「となると、違いは聖堂騎士団の存在と、二つの都市そのものの戦いやすさになりますか……私には、軍事的なことはよくわかりませんが、聖堂騎士団とはどれほど強いものなのですか?」


「剣の腕前による物理的な強さについては、噂には尾ひれがついているものと考えた方が安全だろう。しかし、一般的な軍隊よりも強いことは間違いない。理由は二つある。ひとつは、その行動が深い信仰によって裏付けられていること。聖堂騎士団は降伏しないことを信条としているが、これは戦いに出れば勝利か全滅の二つひとつということを示している……そして全滅したという話は聞かない。そんな信条があれば鍛錬に気合が入るのも道理だからな。もう一つは、豊富な財源があることだ。金があれば強い装備も手に入ろう」


「では、同じ条件下であれば、彼らと共に戦った方が勝率は高いと考えてよさそうですね」


「……だな。過去の戦争の歴史を思って尻込みしていたが、やはり、ここは提言に従い聖堂騎士団と合流するべきだな」



 ヨハン様はそう言って立ち上がろうとされた。



「お待ちください!」


「なんだ?」


「……同じ条件下であれば、と申し上げました。私には、二つの都市の条件が同じとは思えません。エルサレムは小さな地ですが、戦いの渦中にあります。イコニウムは大きな都市ですが、直近異教徒と奪い合った経緯はございません」


「それは確かにそうだな」



 ヨハン様は再び腰を下ろされる。苛立つように組み替えられる脚。



「では、何を基準に比べれば良い? 地形も敵の規模も、持てる情報の範囲で検討はした。そのうえで、片方に目立った軍事的利点があるとも思えなかった。ならば、聖堂騎士団の力を借りた方が勝率は高いのではないか?」


「……恐れながら、それは勝率(・・)に目を向けられた場合のお話です」



 私の返答に、ヨハン様は眉根を寄せて、警戒するように目を細められた。しかし、私は言わねばならない。ここで引き下がっては、これから血を流す者たちに申し訳が立たない。それに、ヨハン様はそもそも合理的な判断の参考にするために私を呼んでいる……足りないところを指摘されたところでお怒りになるようなお方ではない。


 私は小さく深呼吸をして、自らの意見の前提となる質問をした。



「エルサレムを目指す場合、その手前にある沿岸の都市は、既に奪還できているのでしょうか?」


「いや、まだだ……なるほど、負けに備えて地理的に撤退しやすい方を選べ、という訳か」



 さすがは聡明なヨハン様。すぐ私の意図をくんでくださったようだ。



「はい。イコニウムならばビザンツの領域まで下がり、ビザンツの手を借りて体勢を立て直すことができます。対して、エルサレムの場合は四方を異教徒たちに囲まれており、撤退にも海路を行く必要があります。沿岸の都市がすでに奪還できているのならエルサレムを目指した方が安全だったのですが、そうでないのでしたら、敗走を余儀なくされた場合の危険性はイコニウムの方が低いのではないでしょうか」


「……お前の言うとおりだ。礼を言う」


「いえ、そんな……無知なりに感じたことを申し上げたまでです」


「聖堂騎士団の力は惜しいところだが、今回は諦めてイコニウムを目指そう。オイレ、引き続きイコニウムについての情報収集を」


「は」


「それから、ティッセン宮中伯軍にどう返答するかも考えねばならんな……エルサレムを目指すのならば至極まっとうな申し出だったわけだが……」


「ティッセン宮中伯軍を率いているのは、宮中伯のご子息でしたよね?」


「ああ。この連合軍は息子同士の行軍というわけだ。目先の脅威よりも未来を潰そうとする皇帝の性根の悪さが出ているな」


「でしたら、正直にイコニウムを目指す算段について、お話になった方が早いかと思います」



 この戦争は聖地奪還戦争。参加する者たちは、聖地を教皇の手に取り戻すために立ち上がっている。そのことを考えれば、本当は、後戻りできなくなる段階まで、手の内を明かすべきではないのかもしれない。


 しかし、私の直感は告げていた。



「きっと冷静な判断を下されるはずです。ティッセン宮中伯のご子息には、謀略の血が流れているのですから……私と同じ、母の血が」



 そう口にすると、私は無意識に自分の口角が上がるのを感じた。

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