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東の果てより

「その下級騎士(ミニスレリアーレ)は、もともと流れ者だった。父親はサラセンより遥かに東にあるソウという国の生まれで、そのまた父親はソウの東隣にあるヒノモトのエチゼンという国から渡ってきたのだ」


「サラセンよりずっと東……なぜそんな遠くから流れてきたのですか?」


「エチゼンという国から来た男、名をサキザブロウというんだが、これは元々学僧、つまり異教の修道士だった。しかし、異教の教えよりも現実的に目の前の人間を救うことのできるものとして、薬に興味を持ったそうでな。禁を破り船に乗って、薬学の最先端だったソウを目指したという。しばらくソウにとどまり、そこで妻を娶りもしたが、西には西の学問があると伝え聞いてさらに進んだ」



 遥か東の小国も、薬学の最先端だったという国も、耳にしたことのない名前だ。しかし、国を渡るほど熱心に薬学に打ち込んだというからには、サラセンやギリシアの高度な医学を求めて西へと旅するのも納得できる。私は、今まで祖父の本と呼んでいたあの奇妙な本の著者が、祖父ではなく曽祖父であっただろうことを理解した。あれはきっと、ソウという国の知識だったのだ。曽祖父が記し、祖父がそこにギリシア語訳を書き込んだ。おそらく祖父は読み書きに関しては、帝国の言葉よりもギリシア語のほうが長けているのだろう。



「この物語の主人公本人はギリシアで生まれ、3歳の時には帝国に流れ着いた。7歳の時、父親がソウから西へと旅し続ける中で得た知識と経験を買われ、さる宮中伯によって下級騎士(ミニスレリアーレ)として取り立てられた。この時から、親子でキリスト教に改宗し、宮中伯に仕えるようになる。身分こそ下級騎士(ミニスレリアーレ)だったが、宮中伯はこの親子を大層気に入ってしょっちゅう呼びつけては傍に置いて話をさせた。話というのは雑談だけではない。戦術的な相談なんかも当たり前で、親子は周囲からやっかみの嵐にぶち当たった。その中で、彼はこう思うようになったそうだ……『生まれついての騎士ではないからこそ、そして常に粗を探される環境だからこそ、どんな上級騎士(ミリテス・リベリ)よりも完璧な騎士であろう』」



 その話はケーターさんもしていた。後れを取っているからこそ、誰よりも騎士でありたいと思っていると、騎士見習いだった頃のケーターさんに語っていたと。



「幸いなことに彼には才能があった。それは努力する才能だ。彼は死に物狂いで剣術に打ち込み、寝食を惜しんで聖書を学んだ。理解力の高さも手伝ってめきめきと頭角を現した。必然の結果だな。15になると、彼はいよいよ下級騎士(ミニスレリアーレ)になった」



 祖父は誇らしげに笑う。



「2年もしないうちに、彼は周囲にその名声を轟かせていたよ。何しろ、剣術、槍さばき、どこをとっても彼に勝るものなどいなかったからな。数々の戦争をその手で勝利に導いたといっていい。しかし、何より彼を輝かせていたのはその騎士道精神だ。強く、誠実で、気高く、寛大で、弱者を尊び、キリスト教の守護者たろうとするその孤高の姿は、若くしてまさに珠玉であった」



 思い出される父の姿。下級騎士(ミニスレリアーレ)の身分を捨ててティッセン宮中伯領を去り、一介の商人に身をやつしてなお、その輝きは失われていなかった。男手ひとつで娘を育てるのは大変だっただろうに、私にはかけらもそんなことを感じさせず、いつでも私を守り、教え導いてくれた。父は、どこまでも完璧な騎士だったのだ。



「それにしても、騎士らしさを追求した彼が宮中伯に仕え続けるのはわかりますが、その父親も、一人の主君に仕える必要のない下級騎士(ミニスレリアーレ)のはずなのに、そんなに長く仕え続けるだなんて……宮中伯はよっぽど魅力的な人物だったのでしょうね」


「ああ。何しろ外国人商人を拾って政治や戦争の話をさせるような奇矯な人物だ。常識より知識を、神秘性より合理性を重んじる貴族らしからぬ人柄を、彼の父親はいたく気に入ったよ。父親と宮中伯は、身分は違えど、盟友といって良い関係性を築いていた。そもそも父親にとっては、下級騎士(ミニスレリアーレ)になったのも、宮中伯の傍にいたくて受けた話だ。だから本当は、宮中伯が引退したらその場を去るつもりでいた。しかし、運命とは面白いもので……宮中伯以上に傍で見続けていたいと思える人物が、次の代に現れたのだ」


「なるほど! その子息、つまり次の宮中伯ですね?」


「いいや」



 祖父はにやりと口元を歪めて私の言葉を否定した。



「それこそが、この物語の姫君……のちの宮中伯夫人だよ」

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