到達
そして出発から5日後、ついに最後尾が見えてきた。ケーターさんはまず自分が先に行ってヨハン様にご報告をするといい、列から離れた。私たちは軍を目から離さないように進んでいく。知覚できるかできないか程度の割合で徐々に大きくなってく兵の影に、これから戦争に行くのだという意識が改めて強くなっていく。
「ヴィオラさん……私たちは、受け入れてもらえるでしょうか」
不意に漏らされたマルコさんの気弱な声に緊張が走る。そう、私たちは無断でついてきた。合流してもきちんと医療班として働かせてもらえるかの保証はないし、追い返されて無駄足に終わる可能性柄だってある。
「大丈夫ですよ。貴族には貴族の矜持があります。お家のために御奉公したいと名乗り出た者を無碍に扱うことはできません」
私は半ば自分に言い聞かせるようにそう言った。皆、無言で頷く。これ以上は話しても仕方のないことだ。私も、本当に皆を巻き込んでここまで来てしまってよかったのか、疑問を持つわけにはいかない。その答えはヨハン様が決められること。ヨハン様のご判断を伺うまでは信じて進むよりほかに道はないのだから。
迎え入れていただければ、こちらの準備は万端のはずだ。事前に薬づくりを依頼され、兵站には十分な量の薬があるはずだし、念のため追加で持っていくといってラースさんも薬を持ってきてくれている。ほかの3人も、使い慣れた自分の道具は持ってきているといっていた。私は、傷を縫うための針と糸を持てるだけ持ってきてある。働く場所さえ用意していただければ、私たちはきっとお役に立てる。ヨハン様が、ジブリールさんが、勉強会の皆が積み上げてきたものが、今こそ人の命を救うはずなのだ。
「それから、戦場では指揮命令系統が重要になります。班長はハンスさん、副長はラルフさんです。今のような雑談であれば私に聞いてもかまいませんが、基本的に何かの判断が必要な場ではハンスさんにお願いします」
これは道中、皆で話し合って決めたことだった。私は今まで会話を回す立場を受け持つことが多かったが、年端もゆかぬ少年が周囲に指示を出すのは不自然である。そのため、一番の年長者であり、皆の精神的支柱となっているハンスさんが班長。副長は、傷の治療が多くなると予想されることから同じく床屋であるマルコさんの名が先に挙がったが、本人が辞退したためにラルフさんとなった。ラルフさんは誰よりも度胸と行動力がある。この人選は間違っていないだろう。
どのくらい待っただろうか。言葉少なに馬を進める皆が、緊張を維持するのにも疲れてきたころ、ケーターさんが戻ってきた。
「来い。ヨハン様がお会いになるそうだ。先頭に行くぞ」
ケーターさんの案内に従い、隊列を迂回して速度を上げて進む。彼の言葉は医療班を受諾する旨を伝えていない。ただ会うというだけ。それはケーターさんの言葉では私たちの存在が受け入れられなかったことを意味する。やはり、ヨハン様は厳しいお方だ。遠路はるばる追いかけてきたというだけでは受け入れてくださらない。しかし、無駄を嫌うヨハン様がわざわざ会ってくださるということは、説得するだけの材料を持っていれば応じるおつもりもあるということだ。まだ諦める必要はない。
いよいよ先頭に追いつくという時、白銀に輝くヨハン様の髪が目に飛び込んできた。ああ、威風堂々としたそのお姿! 戦いの天使だと言われれば信じてしまうかもしれない。長年塔で孤独に過ごされていた一人の青年は、本来はこんなにも大勢の人を率いるにふさわしい器であったということを、まざまざと見せつけられる。狭い空間ではつい勘違いしてしまいそうになるが、あの方と私の間には埋めようのない隔たりがあるのだ。少しきりきりと胸が痛んだ。
「おい、行くぞ」
ケーターさんの声に背筋を正し、私たちはヨハン様の前へと進み出る。既に全軍がその動きを止めていた。オリーブの瞳が、跪く私たちを鋭く射貫く。
「何故わざわざ追ってきた? 特にヘカテー、お前には留守の間、任せていた仕事もあったはずだが」
吊り上がる柳眉。その声色は冷たく、一切の感情が感じられない。
「合理的に考えて、俺はお前たちを追い返すべきだと考えている。だが、その前に言い訳は聞いてやろう。お前たちの来訪に、少なくとも行軍を止めるだけの価値があったと、俺を納得させてみせろ」
ここまでお読みくださりありがとうございます。ご感想やブックマーク・ご評価に感謝です。
次回から新章です。引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。




