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束の間の再会

 どれだけ丁寧に作ろうとも、薬はいつか作り終える。2週間ほどして、私たちはヨハン様に特別に使っていただくものも含め、お持ちいただくための全ての薬を作り終えていた。そして、どれだけ考えることを拒もうとも、出発の時は来るのだ。


 ビョルンさんが塔に来た時に作り終えた旨を報告すると、私はじっと部屋に籠ることを要求され、しばらくして騎士たちが大挙して押し寄せ、薬を運んでいった。やはり表向きは、ヨハン様のお抱えであるジブリールさんの特製ということにするらしい。騎士たちが帰った後、殺風景になった書庫の隅を見て、私はヨハン様がこの地を離れる日がが近いことを思い知った。


 こんなに激しい寂寥感に襲われたのは初めてかもしれない。父が失踪した時は、寂しさや心配よりも混乱の方が大きかった。突然行方知れずになるよりも、しっかりと予告され、実感する時間を与えられた上で、危険だとわかっている地に向かうのをただ見送ることしかできないとは……自分の無力さを突き付けられて、ふとした時に突然叫びだしたいような気持になる。


 両手を見れば、薬の曳きすぎで擦り傷だらけになっていた。しかし、私にはもうその手に愛の妙薬を塗ろうという気力も残ってはいない。私は机に突っ伏して大きくため息をついた。



「おや、自分にできることはもう終わりだと言わんばかりですね」



 突然声をかけられて、はじかれたように顔を上げる。すると見えたのは、



「ロベルト修道士様!?」


「そんなに大きな声を出す力が残っているじゃありませんか。荒れた手の手入れぐらいなさったら良いでしょう。それにしてもここで大声を出すとは、あなたは一応、この塔に隠されている身だということはお忘れで?」


「どうして……」



 驚く私を無視して、修道士様は藁袋(ベッド)に腰掛けられた。透けてもいないし、足がないということもない。



「幽霊だと思われているとは心外ですね。天の国から締め出されない程度の生き方はしてきたつもりですよ」


「で、でも修道士様は……」


「さて、私が何故ここにいるのかはいったん置いておいて、今、この部屋にはあなたと私の二人きりです。誰に聞かれることもありません。何か抱えている荷があるならば、ここで下ろしてみてはいかがでしょう」



 修道士様は私の瞳を見やり、いつかと同じ科白を口にして、僅かにその頬を緩めて見せる。大好きだった修道士様の、微笑とも言えない微笑。



「ずいぶんと頑張ったようですね。薬にもすっかり詳しくなった。今のあなたなら、私の知識では負けてしまうかもしれませんね。愛の力とは偉大なものです」


「しかし修道士様。これでは全然足りません……私はヨハン様の旅路を応援することはできても、直接お守りすることはできないのです」


「ご自分が肉の盾にでもなりたいと言うのですか? それならもっと鍛錬を積んだ適任者がたくさんいるかと思いますが」


「もちろん、仮に私がこっそりついていったところで、できることが何もありません。でも、はがゆいのです。私はヨハン様に守られ、与えられるばかりで……」


「だから、ただ自分の無力さを嘆いていたという訳ですね。まったく、あなたらしくない」


「え?」


「難題にぶつかった時も、抱えきれないような精神的な試練に遭った時も、考えることをやめないのがあなたです。いつもその時の自分に何ができるかを考えてきたはずです」



「そう考えて、私は薬を……」


「本当に、あなたにできることは薬が全てですか? そもそも薬づくりだって、ヨハン様に依頼されたものでしょう?」



 呆然と見つめる私に、今度は大きく笑みを返された。



「嘆くのはやめて、考えてごらんなさい。あなたは自分の役割を見出すことができるはずです。聖書にもあります。『もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。そこで神は、ご自分の望みのままに、身体に一つ一つの部分を置かれたのです』……あなたは既にイェーガーのお家という身体の一部分です。戦争という一大事にあって、自分が何をすべきかをいま一度よく考えてごらんなさい。身体が生きている限り、役割を全うしない部分などないのだから」


「私にできることが、まだあるのですか?」



 修道士様は、優しく私の手を取られた。固く骨ばった、温かい手が私の手を優しく包む。



「では、特別にひとつだけ手がかりを差し上げましょう。役立てられていない身体の部分はまだあります。あなた一人で解決できない問題でも、一人でなければ解決できるかもしれませんよ?」


「一人でなければ、解決できる……」


「諦めないでください。あなたは聡明な女性です、きっと答えにたどり着ける。応援しています」


「ありがとう……ございます……?」


「さぁ、そのままでは頬に痕がついてしまいますよ」


「え?」



 驚いて頬に手を宛てようとして、ごつん、と何かに額をぶつける。見れば、机に突っ伏したままだった。慌てて顔を上げて藁袋(ベッド)を見るが、そこには誰もいない。

ここまでお読みくださりありがとうございます! ブックマークやご評価、感謝申し上げます。


勝手ながら、公募作品の執筆のため、しばらく隔日更新とさせてください。引き続きよろしくお願いいたします!

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