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久しぶりに

「この人が……」



 紹介された人物を思わず二度見すると、彼は怒ったように目をそらしてしまった。しかし、こんな姿で床に転がっていても尚、全身から発せられる獰猛な空気。それは明らかに商人や農民ではなく、貴族の冷ややかな空気とも違う。よく言えば歴戦の戦士か、悪く言えば盗賊がもつような空気で、やはり私の身近にこんな空気をまとった人はいない。



「オイレ、こいつはその後何か喋ったか?」


「本人からの説明はありませんが、話をする中でわかったことはいくつかあります。ただし、ヘカテーを襲った男に心当たりがありそうであるにもかかわらず、ヘカテーの殺害を企てた側ではないようで、まだ一連の行動の動機については確信が持てない状況でございます」


「いや、3日でここまでよく調べた」


「ありがとうございます。恐れながら、推測による私見を加えてもよろしいでしょうか」


「申せ」


「この男、どうやらヨハン様の意識をわざと自分に向けさせようとしていると思われます。自分が尋問されること自体に意味があるようです。我々はすでにこの男の掌の中にいる状況かと」



 オイレさんの放った言葉に、ケーターさんはわずかに目を見開いて反応した。私が人の表情の変化に敏感というのもあるが、どうやらあまり心の内を隠すのが得意な人ではないらしい。諜報活動には向かなさそうだ。隠密にも色々な役割があるのだろう。


 その様子を見ていたヨハン様はしばらく思案すると、ケーターさんの顔を持ち上げて詰め寄り、問いかけられた。



「ケーター、お前は誰の犬だ? ティッセン宮中伯か?」


「違う」


「では俺か?」


「さぁな。俺は犬じゃない」



 挑発するようなその答えを聞くと、ヨハン様はふっと満足げな笑みを漏らし、投げ捨てるようにケーターさんの顔から手を離される。そして、おもむろに剣が抜かれた。



「ヨハン様、そんな!!!」



 礼儀を忘れて叫んでしまった私を無視して、ヨハン様は迷うことなく剣を振り下ろされた。



 ……ばさばさ、と音がして、ほどけた縄が地面に散らばる。



「立て」



 ヨハン様が声をかけられるが、ケーターさんは地面に寝転んだまま呆けた顔をしている。



「ケーター、立てといったのだが」


「あ、はい!」



 ふらふらと立ち上がった彼を見て、ヨハン様は言葉を紡がれる。



「お前の行動は誰の命令でもないと受け取った。故に殺しはしないが、解放もしない。どうせその足ではしばらくまともに動けないだろうがな」



 そして今度は、私たちの方に向き直られた。相変わらずやつれ切ったお顔だが、その表情は随分と楽しそうだ。



「ヘカテー、借りていた本だが、なかなかおもしろかったぞ。どこの国の知恵かは一向にわからんが、少し見ただけでも見たことのない薬草や薬がたくさん載っていた」


「さようでございますか。何かお役に立てたなら何よりです」


「いずれ余白の書き付けを頼りに再現してみよう。試すのにちょうどいい人間の身体(・・・・・)も手に入ったことだしな」



 ちょうどいい人間の身体、とはどう考えても目の前のケーターさんだ。私は薬を作った経験はないが、家が代々商品の一部として扱っていたことから、量や用法を間違えれば毒にも転じるものであることは知っている。絶対に配合に失敗しないようにしようと心に誓った。



「それからオイレ、今日は久しぶりに解剖ができるぞ。付き合え」


「承知いたしました、ありがとうございます!」



 解剖と聞いて、オイレさんの眼が少年のように輝く。そういえばこの人は歯抜き師、医療に携わる人だ。職業的にも興味があるのだろう。



「あの、解剖は私もお手伝いいたしますか?」


「いや、お前はさすがに……今日やるのは人間だからな……」


「えっ」



 思わずケーターさんの方を振り向くと、彼も顔を真っ青にしていた。



「ヘカテーちゃん、随分と物騒な考え方するねぇ。解剖するのはあくまで死体だよ、君を襲った自称カール君だよぉ」



 オイレさんが笑いながら囁いてきた。私はとんでもない勘違いをしたことに気づいて恥ずかしくなったが、ケーターさんは露骨にほっとしている。



「そうだな。生きた人間を切り裂くくらいの胆力があるなら、お前にもついてきてもらおうか」



 ヨハン様まで笑いながら私を見ている。粗暴な女だと思われただろうか。顔から火が出そうだ。



「よし、どうせいずれは巻き込もうと思っていた。今日は3人でやるか。ヘカテーも、自分を殺そうとした相手なら罪悪感も薄いだろう。まっとうに復讐できる機会だとでも思っておけ。ケーターは調理場の隅においておけばいい」



 結局、私の参加も決まってしまった。本当に、余計なことはしないに限る。今度から軽率な言動は控えようと改めて思った。

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