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安心

 各地から流入してきている素性の怪しいよそ者たち。おそらく、多数の貴族が一斉にイェーガー方伯領に隠密を送って内情を調べさせているのだ。いつもなら横領のからくりにいち早く気づき、反皇帝に動きそうなイェーガー方伯が反対を唱えたから。


 当然、その中に皇帝の隠密もいたのだろう。おそらくは、以前一緒に行動していた人間がレーレハウゼンに来た。


 だからネーベルは動いた。見知った顔ならば信頼できると踏んで、姿を表して横領の情報をもたらしたのだ。自分が実は生きていて、イェーガーのお家に隠密として取り立てられたという情報とともに。つまり、現在のネーベルは、イェーガーの隠密の仮面をかぶった皇帝の隠密だ。皇帝は、イェーガーのお家の内部を深く知るまたとない機会として、このネーベルという貴重な駒を大切に使うだろう。


 考えたことを手紙にまとめて、シュピネさんに託す。



「確かに受け取ったわ。あたしは中身は読まずに、ヨハン様にお届けするわね」


「お気遣いありがとうございます、よろしくお願いいたします!」


「そんなかしこまらなくてもいいのよ。ヘカテーちゃんがいつだってヨハン様のために頑張って動いていることは知ってるわ。そんなヘカテーちゃんのために動くのは、ヨハン様の隠密として当然のこと。もっと気軽に頼ってちょうだい」



 シュピネさんは笑いながら私の髪の毛を撫で、ぎゅっと抱きしめる。彼女が当たり前のようにしてくるこうした触れ合いは、いつもとても心地がよい。それは、物理的な距離を近づけることで、心の距離の近さを示してくれているからだろう。シュピネさんの役割を考えれば、どんな人とでもすぐ親しくなるために身に着けた技に過ぎないのかもしれないが、先ほどの彼女の言葉に嘘がないことを私は知っている。


 シュピネさんは以前、ヨハン様を息子のように思っていると言っていた。実際に息子というには年が近すぎるが、要するにそれほど深くヨハン様のことを想っているということ。他の隠密の皆さんもそうだ。私たちは皆ヨハン様を愛し、その思いの深さを知っているからこそ互いを信頼しているのだ。


 シュピネさんはすぐに手紙を届けてくれ、翌日、塔にヨハン様が来てくださった。



「ヘカテー、ネーベルについての報告ご苦労だった。良くできていたぞ。俺もお前と同意見だ」


「ありがとうございます」


「お前の情報はティッセンにも共有する。ネーベルの情報を受けてすぐに皇帝が動くかどうかはわからないが……奴はこのまま泳がせる。時機を見て監視も再開しよう」



 ヨハン様は頭を掻き毟りながら付け加えられた。



「……とはいえ、ラッテとシュピネにも一緒に偽の情報を渡し続けるには限度がある。ふたりには事情を話し、シュピネには一旦、表向き隊長の地位を降りてもらうとするか。無論、事実上の隊長であることは変わりないが、これからは各隊長への合同連絡の場には呼ばず、個別で情報を共有しよう」


「ネーベルのせいで、動き方が難しくなりますね」


「なに、これも皇帝に好きなように情報を流せるまたとない機会なのだ。ネーベルをうまく操れば皇帝を操れるに等しい。しばらくは不便でも、得る者の方が大きいというものさ」



 調理場に響く不敵な笑い声。頼もしいその声はしかし、尻すぼみに小さくなり、余韻を残して消えた。そしてゆっくりと浮かび上がる……どこか寂しげな微笑。



「ヘカテー。此度のお前の報告書、嬉しかったぞ。ネーベルが皇帝の隠密と接触したという情報のみならず、なぜ今の時期に接触したのか、今何が起こっているのかまで見事に考察して見せた。満足どころではない出来だ、まさかお前がここまで育つとは思わなかった。お前は本当に優秀だ」


「もったいなきお言葉にございます」


「お前がいれば安心だな……そう、安心して隠密を任せられる」


「え、今なんとおっしゃいましたか!?」



 聞き間違いであってほしいと思った不穏な一言はしかし、間違いなく発せられたものだということを、ゆっくりと伏せられたヨハン様の両目が告げていた。



「隠密を任せられると言ったのさ。ヘカテー、俺は十字軍に参加する……異教徒との戦争に赴くことになった」

ここまでお読みくださりありがとうございます! ブックマークやご評価、ご感想に心より感謝しております。


次回より新章です。引き続きお楽しみいただければ幸いです。

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