思い悩むより
私の質問に、シュピネさんは少し不思議そうな顔をした。
「ええ、確かにそんな話があったわね。あたしたちはそんなに関わらないけれど、ラッテが気にしていたわ」
「よそ者というのは、具体的にどんな人たちなのでしょう?」
「具体的にといわれても、これといった共通の特徴はないわ。ただ、ラッテがその動向を気にしているということは、あまり柄の良い連中じゃないんだとは思うけど」
「ということは、聖職者たちではないのですね?」
「聖職者? もちろん違うわ、ただの一般人よ。職業も出所もバラバラの」
「そうですか……」
予想外の返答に息を呑んだ。どんな人々が集まってきているのかによって、その目的とネーベルとの関連性を探ろうとは考えていたが、まさか、そもそもどんな人々か定義できないとは。
「ねぇ、ヘカテーちゃん、どうかしたの? 私を呼び出した用事というのは、今の質問のこと?」
うつむく私を、シュピネさんは心配そうに眉根を寄せて覗き込む。
「何か困っているならちゃんと言ってちょうだい。あたしで役に立てそうなら、いくらでも力になるわ」
役割は違えど、多くの場数を踏んできたシュピネさんとお話ししながら情報を整理することは、きっと有効な手段だ。しかし、シュピネさんはその身を守るためにあえてネーベルに関する情報から引き離している。私の一存で決定的な情報を渡してしまうわけにはいかない。
すると、尚も俯いいたまま唸っている私に、シュピネさんはこんなことを言った。
「そうか、あたしでは役に立てないことなのね。でも、考えることと思い悩むことは別よ。思い悩んでいては、答えは出ないことも多いの。それに、ひとり心の中で自問自答するよりも、誰かと声に出して話した方が頭の中も整理できるものなのよ。だから、直接的な相談ができなくてもいい、どんな形でもいいから、今目の前にいるあたしを使って。ね?」
「シュピネさん……!」
こんなにも親身になってくれるのか、という感動とともに、若干の恥ずかしさが襲う。シュピネさんのことを、情報を使うのではなく伝える側の人、そしてネーベルから守らなくてはいけない人と考えていたが……この人は単に守られるだけの人ではない。自分より遥かに場数を踏んだ優秀な隠密に対して、いつの間にか庇護者のように接してしまっていた。
「……ありがとうございます。言えないことも多いのですが、少し頭の中を整理するのに付き合ってください」
「もちろん!」
花が咲くように広がる華やかな笑顔に、少し肩の力が抜けるのを感じた。まずは落ち着こう。聖職者ではないということが分かっただけでも大収穫なのだ。聖堂参事会との密約がネーベルに漏れたという懸念は去った。順を追って考えれば、レーレハウゼンに何が起きているのか見当をつけることができるかもしれない。
「いつぐらいから増えてきたのですか?」
「二月くらい前からかかしらね? いつの間にか増えていたって感じよ」
「レーレハウゼンに増えているのですか? それともイェーガー方伯領全体のお話でしょうか?」
「レーレハウゼンの話よ。絶対的な数として大量に移動してきたというよりも、ひとつの都市に集まるにしては多い、という感じね。同じ人数がイェーガー方伯領に散らばっていたら、増えたとも感じないんじゃないかしら」
「さっき、しいて共通点を挙げるなら、柄の良くない連中、とと言っていましたよね」
「そうね。あたしは実際に目にしていないけど、ラッテの話だとそうなるわね」
「どこかの隠密の可能性はあると思いますか?」
「否定はできないわ。ちょっと多すぎると思うけど……」
「ということは、二月くらい前から、レーレハウゼンに人が増えている。人数も多いし出所もバラバラ……うん? 出所も?」
そこにひっかかりを覚えた。
「いろんな地方からレーレハウゼンめがけて人が集まっているということですね?」
「そうなるわね」
それが隠密の可能性もある者たちとなると……答えは出た。
「急いでお手紙を書いてきます。ヨハン様にお渡しいただけますか?」




