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歩み

 ジブリールさんのおかげでもやもやとした心の荷を下ろせた私は、今まで以上に執筆に打ち込むことができた。治療法についての節は勉強会に合わせての進度だが、身体の構造については日に日に細かさを増していく。ジブリールさんによる追加と修正が呼び水のようになって、書きたいことがさらに増えるのだ。おかげで、気づけば構造についての節は治療法についての節の倍近い分量になっていた。


 本としてそれが正しい形なのかはわからない。しかし、この国の人々は解剖で実際に身体の中身を目にする機会に恵まれていないのだ。どんなに詳細に書いても書きすぎるということはないだろう。それに、多く書いたものを簡略化するほうが、その逆よりも簡単だ。


 ヨハン様も、いらっしゃる頻度こそ少ないものの、塔にいらっしゃるたびに私たちの原稿を受け取り、手を入れて返してくださるようになっていた。この本が、ジブリールさんの作品ではなく、ヨハン様と三人での共作になっていることが、私は何より嬉しい。厚みを増していく紙の束が、なかなかお会いできないヨハン様との絆の象徴のように思えて、私は清書する時間を日々の喜びとし、一文字一文字を大切にするようになった。


 勉強会は勉強会で熱を増している。街では煙たがられながら学んできた彼らだったが、徐々に学びが仕事の成果として結実してきたようだ。ハンスさんが脱臼を治療したという話や、ラルフさんが歯抜きの最中に顎の不具合を治療したという話が噂になって、街の人々から見直されつつあるのだという。実際、勉強会の皆もこの二人を中心にまとまっているところがある。年長者として、周囲を気遣いつつ話を取りまとめるハンスさんと、皆が尻込みするようなことに対しても積極的で、無口ながらも行動力で引っ張っていくラルフさん。正反対の二人がそれぞれに良い影響を与えていることは、集まりを重ねるごとに見て取れた。そんな二人の良い噂だからこそ、皆笑顔で報告するのだろう。彼らの学びへのこだわりは、もともと自分の職業人としての能力を高めたいという向上心によるものだ。見事お仕事に消化させていっている姿を見ていると、私もしっかり学んだ成果を自分のものとしなければと思う。


 そうして医学に打ち込みながら日々を過ごし、暖かい季節を迎えた頃、ヤープが単身で塔を訪ねてきた。



「ねーちゃん、ネーベルさんが動いたよ。イェーガーの隠密じゃない奴と話して、手紙みたいな紙を渡してた」


「ほんと!?」


「隠密の暗号で確認したから間違いないよ。そいつ、明らかに暗号が目に入る位置にいたけど、何の反応もなかったんだ」


「ありがとう。もう三月もネーベルに張り付いて、大変だったでしょう?」


「それが仕事だし、おれ、ほかの命令はもらってなかったから大丈夫。ねーちゃんに頼まれた話、ヨハン様の公認だったってことでしょ?」


「頼りになるわね」


「当たり前だろ!」



 ヤープも本当に立派になったものだ。弟のように思っていた彼がこんなに頼りになると、どこかむず痒いような気持ちになる。



「それにしても、今動くのね……」


「今だと変なの?」


「特にきっかけになるようなことを聞いていなかったから気になっただけ。最近、隠密に何か通達された情報はあった?」


「多分おれよりねーちゃんの方が情報には詳しいんじゃないの?」


「そうよね……ちょっと考えてみる」



 ヨハン様から横領の話が合ってすぐではなく、何か帝国税にかかわる情報が入ったわけでもない、今というこの時期に動いたこと。そこだけが気になるが、事実は事実だ。まずはネーベルが動いたということをヨハン様のお耳に入れておこう。


 そんなことを考えていると、ヤープは思い出したように口を開いた。



「ねぇ、ねーちゃんはずっとジブリールさんと一緒に医学を学んでるの?」


「ええ、そうよ。それがどうかした?」


「あの人、前に、なくなった分の皮を他から持ってきてくっつけるって話をしてくれただろ? おれ、なんかそのことがずっと心に残ってて……ほら、ヨハン様が塔にいらしたときは解剖の手伝いなんかもやったし……」



 珍しく歯切れの悪い返答をするヤープ。しかし、私には彼が言いたいことがはっきりと理解できた。



「つまり、ヤープもきちんと学んでみたいのね。ヨハン様やジブリールさんの新しい医学を」

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