表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/340

守るものと守られるもの

お読みくださり感謝いたします!


今回は植皮に関するお話です。苦手な方はご注意ください。

 驚きの治療法に、私もヤープも息を呑んだ。背中から皮膚をとってきて、お腹の傷に貼り付ける。遺体の見た目を綺麗にするための手段としては理解できるが、生きた人間でもそれができるとは。



『皮膚を失った部分に乗せた皮膚は、膠か何かでくっつけるのですか?』


『いいえ、いずれひとりでにくっつきます。ただし、本人の皮膚である必要はありますね。他人の皮膚でも覆わないよりは良いですが、親子でもくっつきませんでした』


『覆わないよりは良い、とはどういうことなのですか?』


『皮膚とは、あらゆる毒から身体を守るものなのです。処刑などで皮膚を剥がされた人間はそれだけでは死にませんが、しばらくすると病で死んでしまいます。肉は皮に守られていなくてはいけないのです』


『剥いだ部分の皮膚は大丈夫なのでしょうか?』


『酒で良く洗い、脂を塗っておけば大丈夫です。そのうち盛り上がってきてへこんだ部分も埋まりますよ』



 実践してみることとなった。丁度良いことに、今日はヤープが来ている。皮剥ぎ人の本領発揮ということで、背中から皮膚を剥がす作業はヤープに任せた。



『足りなくなると困るので、お腹の傷よりももう少し広めにとっておいてください。剥ぐ厚みは爪の厚み程度です』



 ジブリールさんの指示に従い、ヤープはまず四隅に印をつけると、ナイフを押し当てた。そのまま均等な力加減で、ナイフがするすると肌の上を滑っていく。嫌悪感よりも、熟達した腕前に感心させられる光景だった。



「凄い、血もほとんど出ないのね」


「皮には血管が通ってないんだ。いつもの道具と違うし、皮に毛がないから感覚が難しいけど、要領は動物の時と一緒だよ」



 やがて、半透明の紙のような皮膚が背中から取り外された。背中が赤くなってしまったが、肉が見えてしまうよりは見た目もましだと思う。ヤープに身体をひっくり返してもらうと、私は腿の上に乗せられたままになっている筋肉をお腹の上に戻し、その上に皮膚を置いた。



『今は死体なので何の変化も置きませんが、生きた人間の場合、皮膚を取り付けた部分の上に綿を置き、布を巻いて圧迫しておく必要があります。そうすることで、1~2週間で傷口と皮膚がはがれなくなります。また、その間に皮膚が乾いてしまうとやはりくっつかなくなるので、圧迫のための布は何重にも巻いて、上に乗せた皮膚が空気に触れないように気を配ります』


『では、布も濡らしておいた方が良いのでしょうか』


『いえ、その必要はありません。濡らしている布が乾くと、最初から乾いている布よりも乾燥を進めてしまうので』



 書きつけられるジブリールさんの言葉を、ヤープも真剣な面持ちで見つめている。



「ヤープも気になる?」


「もちろんだよ。隠密の仕事は大怪我をすることもあるから、ちょっとした知識でも役に立つかもしれないし……誰かが怪我した時、もし助けられたら嬉しいしさ」


「……ヤープも、危ない目にあった?」


「ううん、まだそんなには。ローマからひとりで帰ってきた時が、一番身の危険を感じたかなぁ? でも、おれはこんな身分だから、隠れるのは結構上手いし、逃げ足も速いんだ。まだ大きな仕事についてないってのもあると思うけど」


「今も、ラッテさんの下についてるの?」


「うん。これからもずっとそうだと思うよ。おれ、戦うより考える方が得意みたいだし」


「そっか……」



 ラッテさんの部下ということは、諜報を担当するということ。刃を交える機会は少なくとも、敵に身元がわかったらすぐにも殺される危険のある仕事だ……ひたすら隠され、守られてきた自分と違い、年下のはずのこの子は戦いの場に身を置いている。そう思うと、ひりひりと胸が痛んだ。



「そんな顔しないでよ。おれ可哀そうがられるの嫌いなんだけど」


「可哀そうだと思ったわけじゃないよ。ただ、なんだろう、自分は戦ってるかなって思って……」


「は? ねーちゃんは女で、しかも貴族だろ? ねーちゃんが戦ってたらみんな腰抜かすよ! おれだって、ラッテさんに言われてなかったら敬語にしてるのに」


「戦うって言ってもそういう意味じゃなくて……というか、ラッテさんに?」


「おれが今まですごい失礼な態度とってたって焦ってたら、今まで通り接してやってくれって言われたんだよ。だからこうやって普通にしゃべってるけど、ねーちゃんのこと貴族だとは思ってるよ」


「純粋な血筋じゃないから、貴族とは違うけどね。でも、そっか、ラッテさんがそう言ってくれたんだ」



 些細な心遣いが嬉しかった。友達のように思っていたヤープがよそよそしい敬語で話しかけてきたら、私はとても寂しい思いをしただろう。



「なんでもいいけど、ねーちゃんにはねーちゃんの役割があるんだから、そこんとこ間違えないでよ? おれたちがねーちゃんを守るから、ねーちゃんはヨハン様を支えるの」


「……そうね」



 私の役割は、医学を学ぶことと、もたらされた情報から考えを述べてヨハン様をお支えすること。自分が戦っているかどうかに疑問を持つのは正しくない。自分の役割を、自分なりの方法で戦っていくべきなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ