守るものと守られるもの
お読みくださり感謝いたします!
今回は植皮に関するお話です。苦手な方はご注意ください。
驚きの治療法に、私もヤープも息を呑んだ。背中から皮膚をとってきて、お腹の傷に貼り付ける。遺体の見た目を綺麗にするための手段としては理解できるが、生きた人間でもそれができるとは。
『皮膚を失った部分に乗せた皮膚は、膠か何かでくっつけるのですか?』
『いいえ、いずれひとりでにくっつきます。ただし、本人の皮膚である必要はありますね。他人の皮膚でも覆わないよりは良いですが、親子でもくっつきませんでした』
『覆わないよりは良い、とはどういうことなのですか?』
『皮膚とは、あらゆる毒から身体を守るものなのです。処刑などで皮膚を剥がされた人間はそれだけでは死にませんが、しばらくすると病で死んでしまいます。肉は皮に守られていなくてはいけないのです』
『剥いだ部分の皮膚は大丈夫なのでしょうか?』
『酒で良く洗い、脂を塗っておけば大丈夫です。そのうち盛り上がってきてへこんだ部分も埋まりますよ』
実践してみることとなった。丁度良いことに、今日はヤープが来ている。皮剥ぎ人の本領発揮ということで、背中から皮膚を剥がす作業はヤープに任せた。
『足りなくなると困るので、お腹の傷よりももう少し広めにとっておいてください。剥ぐ厚みは爪の厚み程度です』
ジブリールさんの指示に従い、ヤープはまず四隅に印をつけると、ナイフを押し当てた。そのまま均等な力加減で、ナイフがするすると肌の上を滑っていく。嫌悪感よりも、熟達した腕前に感心させられる光景だった。
「凄い、血もほとんど出ないのね」
「皮には血管が通ってないんだ。いつもの道具と違うし、皮に毛がないから感覚が難しいけど、要領は動物の時と一緒だよ」
やがて、半透明の紙のような皮膚が背中から取り外された。背中が赤くなってしまったが、肉が見えてしまうよりは見た目もましだと思う。ヤープに身体をひっくり返してもらうと、私は腿の上に乗せられたままになっている筋肉をお腹の上に戻し、その上に皮膚を置いた。
『今は死体なので何の変化も置きませんが、生きた人間の場合、皮膚を取り付けた部分の上に綿を置き、布を巻いて圧迫しておく必要があります。そうすることで、1~2週間で傷口と皮膚がはがれなくなります。また、その間に皮膚が乾いてしまうとやはりくっつかなくなるので、圧迫のための布は何重にも巻いて、上に乗せた皮膚が空気に触れないように気を配ります』
『では、布も濡らしておいた方が良いのでしょうか』
『いえ、その必要はありません。濡らしている布が乾くと、最初から乾いている布よりも乾燥を進めてしまうので』
書きつけられるジブリールさんの言葉を、ヤープも真剣な面持ちで見つめている。
「ヤープも気になる?」
「もちろんだよ。隠密の仕事は大怪我をすることもあるから、ちょっとした知識でも役に立つかもしれないし……誰かが怪我した時、もし助けられたら嬉しいしさ」
「……ヤープも、危ない目にあった?」
「ううん、まだそんなには。ローマからひとりで帰ってきた時が、一番身の危険を感じたかなぁ? でも、おれはこんな身分だから、隠れるのは結構上手いし、逃げ足も速いんだ。まだ大きな仕事についてないってのもあると思うけど」
「今も、ラッテさんの下についてるの?」
「うん。これからもずっとそうだと思うよ。おれ、戦うより考える方が得意みたいだし」
「そっか……」
ラッテさんの部下ということは、諜報を担当するということ。刃を交える機会は少なくとも、敵に身元がわかったらすぐにも殺される危険のある仕事だ……ひたすら隠され、守られてきた自分と違い、年下のはずのこの子は戦いの場に身を置いている。そう思うと、ひりひりと胸が痛んだ。
「そんな顔しないでよ。おれ可哀そうがられるの嫌いなんだけど」
「可哀そうだと思ったわけじゃないよ。ただ、なんだろう、自分は戦ってるかなって思って……」
「は? ねーちゃんは女で、しかも貴族だろ? ねーちゃんが戦ってたらみんな腰抜かすよ! おれだって、ラッテさんに言われてなかったら敬語にしてるのに」
「戦うって言ってもそういう意味じゃなくて……というか、ラッテさんに?」
「おれが今まですごい失礼な態度とってたって焦ってたら、今まで通り接してやってくれって言われたんだよ。だからこうやって普通にしゃべってるけど、ねーちゃんのこと貴族だとは思ってるよ」
「純粋な血筋じゃないから、貴族とは違うけどね。でも、そっか、ラッテさんがそう言ってくれたんだ」
些細な心遣いが嬉しかった。友達のように思っていたヤープがよそよそしい敬語で話しかけてきたら、私はとても寂しい思いをしただろう。
「なんでもいいけど、ねーちゃんにはねーちゃんの役割があるんだから、そこんとこ間違えないでよ? おれたちがねーちゃんを守るから、ねーちゃんはヨハン様を支えるの」
「……そうね」
私の役割は、医学を学ぶことと、もたらされた情報から考えを述べてヨハン様をお支えすること。自分が戦っているかどうかに疑問を持つのは正しくない。自分の役割を、自分なりの方法で戦っていくべきなのだ。




