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茶番の準備

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床屋が「床屋」ばかりだと煩わしいので、名前を出すことにしました。ハンスです(地味に序盤で名前だけ出ていたりします)。薬屋のラースとセットで覚えてあげてください。

 ヨハン様のお部屋に入ると、シュピネさんは紅い唇の端を僅かに上げたまま跪き、先ほどまでのふわふわとした愛らしい雰囲気が一気になりを潜めた。



「ヨハン様、ご無沙汰しております。シュピネ、ただ今御身のもとに戻りました」


「帝都の動向の報告といい、ティッセン関係者の篭絡といい、留守中も良い働きだった」


「過分なお言葉、痛み入りますわ」



 凛とした横顔。やはりこの人も隠密だ。ほかの方々と違って物理的に戦う力には長けていないかもしれないが、その佇まいの隙の無さからは、幾度も死線をかいくぐってきただろうことは容易に想像できる。細い腕で、武器もなしにあらゆる男たちに立ち向かうことの、どんなに勇気のいることか。



「シュピネを呼んだのは二つ理由がある。ひとつは、近々演じなければならないちょっとした茶番の準備だ。都市参事会の人間と恋人(・・)になっておけ」


「都市参事会、でございますか? レーレハウゼンの?」


「ああ、それも裁判に関わる者とな」


「恐れながら、茶番とはどういったことでしょうか?」


「ドゥルカマーラは帝都に向かう途中何者か(・・・)に殺されたとの旨、皇帝に宛てて使いを出してはいるが……あの男がすんなりそれを飲むとは到底思えん。何しろ、ロベルト修道士は突然襲われ、床屋はそのまま逃げてきた。つまり、未だその死体は見つかっていないというわけだ。おそらくは、嘘と断じるなりして父上を陥れようとしてくるだろう。そうなったとき、イェーガーとしてとれる道は、同行した床屋に罪を着せて裁判に突き出すことだ」


「ハンスさんに!?」



 私は思わず声を上げた。尊敬する先生が目の前で殺されたといって、怯えながらも悔恨に打ち震えていたあの誠実そうな人が、一体何の罪を着せられてしまうというのか。



「ドゥルカマーラが殺されたという嘘の報告を上げたとして罪に問えば、イェーガーの家は矛先を逸らせる。嘘をついていればイェーガーではなく床屋の罪になり、ついていなければドゥルカマーラは本当に死んでいるとして反駁できるようになるからな」


「でも……そんな……」


「安心しろ。俺も無実の罪を着せて口を封じようとはさすがに思っていない。だからこそシュピネを呼んだのだ。準備をして挑めば、偽証を審議する神明裁判でも、その結果を恣意的に操れないことはないのさ」



 ヨハン様は片肘をついて、少し悪そうな笑みを浮かべられた。



「……どうなさるのですか?」


「オイレが歯抜きの際に、太った身体を装っていたのを覚えているか? あれを使う。裁判で、焼けた鉄を押し当てて耐えきるかどうかを見るならば、服の下に詰め込んだ肉で凌げるはずだ」


「シュピネさんはどうかかわってくるのでしょう?」


「焼けた鉄に限らず、身体を傷つける形の調べ方ならこれで対処できるが、水没でやられると助けようがないからな。裁判の方法を誘導するのさ。それと、あらかじめ被告人に対して良い印象を持たせておくだけでも結果は大きく変わる。権力闘争に巻き込まれた哀れな庶民であれば裁判も同情的になる。父上が悪役に回りすぎないように注意しなければならんが、シュピネなら大丈夫だろう。普段は女の言うことなど歯牙にも掛けん連中でも、こういう時は、利害に関係なさそうな女の言葉の方が頭に残るものだぞ」



 ふん、と鼻を鳴らされる姿からは、都市参事会の人間に対する若干の嫌悪感が見て取れた。



「今回も注意すべきは教会だな。神聖な裁判に横槍を入れていると取られると厄介だ。司祭に疑われたらすぐ手を引いて連絡しろ」


「かしこまりました。そして、理由はおふたつとのことでしたが、もうひとつはどういったご命令でしょうか?」


「聞き及んでいると思うが、新たな隠密が配下に加わった。ネーベルという、元々皇帝の隠密だった者だ」


「まぁ、身内の攻略とは初めてですわね。やはり信用なりませんの?」



 驚くシュピネさんと私を見て、ヨハン様は珍しく躊躇い気味におっしゃった。



「恋人になろうとまではしなくていい。ただ、ある程度親しくなっておけ。これは保険だ」

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