長い時を
「それはつまり、お前の部下のうち、床屋の顔を知る者が偶然見かけたということだな?」
「はい、おっしゃる通りです。以前、ロベルト修道士を監視していた部下のひとりがビーレハウゼンにいるのですが、修道士と一緒に街を出て行ったはずの者がひとりで帰ってきたことを不審に思い、報告してきた次第です」
「そうか、その部下には後で褒美を取らせよう。しかし、身一つ、と言ったな? 荷物はないのに、身ぐるみはがされてはいないのか?」
「服は着ており、目立った傷もないとのことでした。強いて言えばおびえている様子だったそうですが」
「なるほど。だが、ロベルト修道士の出発からはひと月半近く経過している。引き返した地点はもっと先だ。教会かどこかで服を調達し、傷を癒してから帰ってきたとすれば、まだ盗賊の線も捨てきれんな。部下が床屋を見たのはいつの話だ?」
「ビーレハウゼンで宿をとっているのを確認したのが4日前です。徒歩とのことでしたので、もしレーレハウゼンを目指しているなら、1週間もすれば到着するでしょう」
「確認したとき、変わった行動はなかったか? 例えば、悪い噂のある店に入ったり、誰かと話していたりといったことは」
「特に怪しい者と接触している様子はなかったようですが、念のため私の部下がかわるがわる見張っております。妙な動きがあればまた連絡が入るでしょう。このまま泳がせますか?」
「いや、捕えて連れてこい」
「かしこまりました」
ラッテさんが部屋を後にすると、ヨハン様は窓辺でいつもの合図の笛を吹き、松明を壁から外してその炎を緑色に染めた。
「ケーターさん、ですか?」
「ああ。報告を上げたのがラッテの部下ということに引っかかってな。長旅の道中、盗賊に襲われたりしないよう、ケーターの部下が遠くから護衛していたはずだ。床屋が一人で引き返してくるというのに、何もないのはおかしい」
「確かにそうですね……」
ヨハン様がテーブルを叩くコンコンという音を聞きながら、私は待った。修道士様の出発以来日課になり、とうに暗唱できるようになっていた、大天使ラファエルの旅の守護を祈る祈祷文を、何度も、何度も唱えた。その間、教会の鐘の音は聞かなかったので、ケーターさんはきっとすぐにやってきたのだろうが、私にとっては、嫌な予感に包まれた、途方もなく長い待ち時間だった。
「護衛にはフリーゲをつけておりました。あいつは足が速く体力がありますし、意外と機転が利くので何か変わったことがあれば連絡を寄越すはずです。そのため、旅向きと思って選んだのですが……」
話を聞いて、ケーターさんは青褪めていた。そしてその返答に、口には出さないものの、ヨハン様も同じことを思っただろう。しかし、信じた分だけその可能性が高まってしまうような気がして、私は必死になってその物騒な考えを頭から振り払った。
「ふ、フリーゲさんは、新入りの中ではお強いと言っていましたよね? そもそもヨハン様の隠密になれるような人が、たかが盗賊に負けるわけがありません。それに、床屋も怪我はしていなかったのでしょう? きっとなにか重要な忘れ物でもして、修道士様が床屋を使いに出したのです、もしくは、ヨハン様にお言付けがあるのかもしれません! だからフリーゲさんも特に不思議に思わず、連絡を出すよりも修道士様を護衛することを選んだのです。そうでしょう!?」
早口でしゃべる私を、ヨハン様は悲しげな瞳で見つめ、静かにおっしゃった。
「確かに、今のロベルト修道士にとって、使える人間は同行した床屋しかいない。もしかするとお前が言うように、何かの連絡か、用事があって床屋を送ったのかもしれんな。だが、足の速いフリーゲがその旨を伝えに来ないのは不自然だ」
「ですが……」
「ヘカテー、ロベルト修道士やフリーゲのことが心配なのは皆同じだ。冷静になれ。じきに床屋が来ればすべてわかる」
「は、はい……失礼いたしました」
「謝ることはない。お前の意見も重要だからな。ラッテは床屋が来るまで1週間と言ったが、馬に乗せてくればもう少し早く着く。お前は先ほどのように、祈りでも捧げていろ」
床屋が到着するまでの待ち時間は、先ほどとは比べ物にならないほど長いものとなるだろう。祈る以外にできることが何もないのは、あまりにも歯がゆい。




