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回復と休息と

 それから私は、日々料理に勤しんだ。はじめの1週間は毎食ポタージュだ。最初に作ったエンドウ豆のポタージュの他、そら豆、かぼちゃ、根セロリ、フェンネルの茎などを用いた。どれも単なる野菜だが、病人に優しく、お腹の調子を整えるものだ。もちろん、すべての食事に薬草をふんだんに使用している。最初は量も少なくしていたが、4日かけて健康な人が食べるのと同じ量まで増やした。


 2週間目からは、食べ物を噛み砕くことに体を慣らすよう、みじん切りにした野菜を入れたスープ。そこから徐々に野菜の切り方を大きくしていった。チーズはまだ浮かべず、野菜のみなので、味付けが単調にならないように薬草の量を加減する。どの薬草を主役にするかを決めるだけで、風味は大きく変わった。


 スープの具材を問題なく食べられるようになったら、スープ以外にも挑戦してみる。ジブリールさん曰く、肉や魚よりも野菜の方が身体への負担が少ないとのことだったので、野菜を主とした食事を作った。りんごのサラダやスペルト小麦の煮物、かぼちゃのクレープ。サラダにはボリジがよく合い、小麦を使った料理はヒソップを入れると味が良くなる。


 ヨハン様はどれも喜んで召し上がった。貴族の食卓にはなかなか上がらない根菜類など、物珍しさもあったのだろう。お食事の時間になると、柔らかい笑顔を浮かべられるので、毎日の料理は私の大きな楽しみとなった。安眠のためのラベンダーの香りも用意させていただいてはいるが、やはり、自分がこの手で作ったもので大切な方が回復していく姿を見ることほど、嬉しいことはない。


 最後に、川魚(ヘヒト)のぶどう葉焼きをお出しした。しばらくそのまま待ち、お腹の調子に問題がないことを確認すると、お役目は居館の料理人に戻すこととなった。



「名残惜しいものだな。毎日お前の用意した温かい食事を食べるのが癖になってしまった」


「居館から持ち込まれるお食事は、どうしても運ばれる間に冷めてしまいますものね」


「いや、それもそうだが……消耗した身体が求めていたせいか、多くの薬草を用いたお前の料理は、どこか安心する感じがした。苦労を掛けたが、感謝しているぞ」



 そう言って微笑まれるヨハン様の頬には、微かな赤味が差していて、輪郭もいくらかふっくらとしたように思える。



「そ、そんな……! こちらこそ、薬学の実践にご協力くださり、ありがとうございました。作ったものを毎日ヨハン様に召し上がっていただけて、本当に嬉しかったです」


「また体調を崩した時はお前に頼もう。まぁ、元気な時でもこの味が恋しくなったら頼むかもしれないが」


「こんなものでよろしければ、いつでもお申し付けくださいませ」



 ヨハン様はふいに、蝋燭の火に翳すようにして、ご自身の掌をご覧になった。



「ケーターの言う通り、俺は自分を罰していたのかもしれないな。無意識に罰することで罪悪感を軽減し、つかの間の安息を得ようとしていたのかもしれない」



 くく、と笑い声が漏れる。



「衰弱してしまっては、しっかり頭が回るはずもなく、仕事もきちんとこなせない。少し体調が悪いくらいにしか思っていなかったが……罪悪感から逃れようとして、かえって配下に対する罪を犯すところだった。この間に、重要な仕事が入ってこなかったことに感謝せねばなるまい」


「ヨハン様はお忙しく、いつも重荷を負いすぎていらっしゃいます。少しくらい逃げたって、誰も文句は言わないと思いますが……」


「馬鹿を言え。俺の仕事に『少しの逃げ』などというものは存在しない。俺が僅かでも仕事を放りだせば、イェーガーの家ごと潰える可能性だってあるのだぞ」


「でしたら、せめて重要なお仕事がないときは、しっかりお身体を休めて、考え事もほどほどになさってくださいませ」



 それでも私は言い募った。ヨハン様のお働きがこのお家にとってどれだけ重要なものかはわかっているが、心配なものは心配なのだ。逃げることができないなら、意識して休む時間を設けていただきたい。今回の件に限らず、日ごろから身も心も削って働かれているようではいつか倒れてしまう。ただでさえ、お仕事ではお家のために政治に、お休みの時は領民のために医学に打ち込まれているお姿を見ていると、この国にこの方ほど献身的な方がいらっしゃるだろうかと思うものなのだから。



「ははは、まぁ、お前の忠告は心に留めておこう。だが安心しろ、自分の身体の大切さは思い知った。仕事は避けようがないが、身体の限界を越えて没頭することは控えるようにするさ」



 私としてはお身体だけでなく、お心も消耗してほしくはないのだが……そのことは口に出さなかった。ヨハン様がご自身に無頓着なら、傍で少しでも私が支えられるようになれば良い。


 そんなお話をしていると、急に扉が叩かれた。



「ヨハン様、ラッテでございます」


「入れ」



 ラッテさんはお部屋に入るなり、跪いて言った。



「ご報告申し上げます。ロベルト修道士に同行していた床屋がこちらに向かっております。荷物はなく身一つの様子です」

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