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わたしの家

またもや時間ズレてすみません…いつも読んで下さりありがとうございます!

 活気ある街の中で歩みを進め、徐々に私の住む家に近くなると、見知った顔も多くなってきた。



「ヴィオラじゃないか! お城のメイドさんになったんだって?」


「ヴィオラおねーちゃん、また遊んでー」



 すれ違う人々が、口々に私の今までの名前を呼ぶ。「ヘカテー」と呼ばれることが普通になってきていたので、ヴィオラという響きや庶民独特の距離感に、懐かしいようなこそばゆいような思いがした。


 大通りを離れても、街は活気にあふれていた。商人は基本的に接客業だ。話しかけるときはいつも笑顔。道行く見知らぬ人にも親しみをもって声をかけ、何度も買ってくれた人は友人として接する。つまり、商人でにぎわう路地は、それだけ笑顔に満ちることになる。


 これが、私が今まで育ってきた空間。明るくて鮮やかな、少しばかり喧しい街。

 離れていた期間は半年にも満たないのに、いざ訪れてみると自分がいかにこの空間を恋しく思っていたかを感じさせられた。


 しかし、いよいよ自分の家の前まで来て、愕然とした。空き家になっているのだ。「貸家」という札までかけられて。



「あらヴィオラちゃん、帰ってきてたの? 何か忘れ物?」



 声をかけられて振り向くと、ちゃきちゃきとした雰囲気の中年の女性が立っていた。近所に住むマルタさんだ。



「マルタさん! その、お休みを頂いたので帰ってきたんですけど……家が貸家になってるみたいで……」


「貸家って、もう空き家なんだから当然じゃない? トリストラントさんは引っ越ししたわよね?」


「え! 引っ越しですか!?」


「先週だったかしらねぇ。私も人づてに聞いて驚いたんだけど、まさかヴィオラちゃんも聞いてなかったのかい?」



 私が絶句していると、マルタさんは心配そうに頭をなでてくれた。



「きっと、連絡が行き違いになっちゃったんだねぇ。大丈夫、あの娘べったりなトリストラントさんがヴィオラちゃんに何も言わないわけがないよ。お城の方に連絡が行ってるかもしれないから、確認してごらん。ね?」


「そうですね……そうしてみます……」


「あたしはまだ仕事中だからもう行くけど、行くあてに困ったらうちに来たっていいんだからね」


「ありがとうございます!」



 マルタさんは去っていったが、私はそのままぽつんと家の前に佇んでいた。

 家の中に人の気配はない。貸家の札がかかった扉は鍵が掛かっている。父が出迎えてくれることはなさそうだった。慣れ親しんだ我が家がこんなにも簡単になくなってしまうことに少なからず動揺してしまう。


 ただ一方で、安心したところもある。マルタさんは「引っ越した」と言っていた。葬儀となれば近隣の人が知らないはずもないので、父の生存にはまだ希望が持てる。


 それにしても、どこに行ってしまったのだろう。そしてあまりにも急過ぎる。本当に連絡が行き違っただけかもしれないが、私からの返答も待たずにどこかへ行くなんて、そんなに急いでいたのだろうか。父が急ぐような事とは一体……?



「あれ、トリストラントさんとこのお嬢ちゃんかな?」



 また別の人に声を掛けられた。いつの間にか人通りが少なく静かになっていたせいか、ついまた思索にふけってしまい、気配に気づかなかった。

 声の主を見やるが、今度の人は見覚えがない。中肉中背の若い男の人だ。



「あ、ごめん! 急に話しかけたからびっくりしちゃったかな。トリストラントさんとギルドで知り合ったカールです。見た目が似てるからもしかしてと思って」


「こちらこそ失礼しました! はい、トリストラントの娘のヴィオラです」


「ちょうど良かった! 僕、引っ越しのときの荷運びを少し手伝ったんだけど、運ぶ時に荷物がうちの商品に紛れちゃってたみたいなんだ。これって君のお父さんのかい?」



 カールさんは1冊の本を取り出し、パラパラと広げて見せる。私はその本に見覚えがあった。


 羊皮紙ではない不思議な紙でできた本。私の知らない言語で書かれており、たくさんの植物の挿絵が入っている。余白にはギリシア語がびっしりと書きこまれていた。父がお守り代わりだといっていつも持ち歩いてていた、祖父の遺品だ。



「ありがとうございます! そうです、父のものです。祖父の形見だったので、届けていただけて助かりました!」


「そっか! 引っ越ししてから結構時間たってから気づいてさ、うちでは本なんか扱わないからうちのものじゃないことは確かなんだけど、トリストラントさんのもので合ってるかどうかの自信もなかったんだ。わかって本当に良かったよ! じゃあ、お父さんに渡しておいて」



 私がカールさんから本を受け取ろうと手を伸ばすと、彼はこう付け加えた。



「あの世でね」



 目の前に銀色の線が閃き、私は思わず目を瞑った。

ギルドとは、定住商人を中心とした互助団体(労働組合のようなもの)です。大商人に牛耳られてはいましたが、ギルドに所属していることは、都市の運営に参加しているのと同義で、市民にとって大切なことでした。

ちなみに、この世界は現実の歴史でいうところのツンフト闘争より前の時代なので、ギルドが職業ごとに分かれておらず、手工業者も所属しています。そのため、ギルドで知り合ったといってもカールの職業は不明です。

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[一言] なに……ッ!? 誰が敵か味方かも分からん状況ですな……!
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