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手紙を読むとき

遅くなりまして申し訳ありません!

 修道士様はそう言うと、手紙を取り出してヨハン様にお渡しになった。何気ない仕草……しかし、受け取ったヨハン様の眉間に皺が寄る。手紙を受け取った姿勢のままで、オリーブの瞳は斜め下から突き刺すように修道士様を仰ぎ見た。



「無欲な貴殿が頼み事とな?」


「長期の不在になりますので、修道院に助けが欲しいだけのことですよ。私はどこへ行っても仕事を増やしがちな性質でしてね。急ぐものでもありませんので、お手すきの際にざっと目を通していただいて、もし気が向けばで大丈夫です」



 ヨハン様は視線を動かさず、修道士様も表情を動かされない。奇妙な緊張が部屋の中を駆け巡っていた。何かを探ろうとするヨハン様と、隙を見せない修道士様。


 いったい何だろう。お手紙の内容について問いかけるべく、私がためらいつつも口を開こうとしたとき、修道士様は一歩下がられた。



「それでは、私はそろそろ失礼いたします」



 そのまま一礼してお部屋を後になさろうとする。



「待て。今読む」



 しかし、ヨハン様がそれを引き留められた。



「ですから、それは別に急ぎのものでは……」


「なんだ、ここで読まれては困るか?」



 ヨハン様は乱暴に手紙を開きながら問いかけられる。



「ロベルト修道士。貴殿は別に俺の配下ではない。だがな、それは修道士という存在が社会の権力構造の外にあり、いわば我々の立場が対等だからだ。ゆえに、俺は貴殿に何かを頼むことはあっても、命じることはない。それは貴殿も同じだぞ? 貴殿が俺に何かを望んでも、俺がそれに応えるかは別の問題だ。この手紙は今、ここで読む。異を唱えるのは勝手だが、止める権利は貴殿にはない」



 すると、修道士様から帰ってきた返事は予想外のものだった。



「かしこまりました。では、私はこれで失礼いたしましょう」


「え!?」


「わざわざ手紙にしたためたというのに、相手がそれを読み終えるまで待っている必要もございますまい。口頭で済む話なら口頭で話しておりますとも」



 修道士様は憮然としたような表情でそう告げ、扉に向かわれる。私は驚いて、思わずその腕に縋りついた。



「お待ちくださいませ、修道士様! 何もそこまで急がれることはないのではありませんか?」


「おや、ヘカテーさん。ヨハン様にも私を引き留める権限はないというのに、あなたにはそれがおありだと?」


「そんなことはございませんが……」


「床屋を待たせておりますし、明るいうちに出ないと宿を探すのも困難です。手を放してください」


「まだ十分明るいですし、床屋のことが気になるならどなたかに頼んでここへ連れてきてもらえます。それに、あまり遅くなるなら明日にしたって良いではありませんか。そもそもヨハン様がお手紙をお読みになるのに、そこまでお時間がかかるものでもありません」



 すると背後から、ぐしゃ、という音が聞こえた。



「ヘカテーの言う通りだ。もう読んだ」



 振り返ると、そこには眦を吊り上げ、唇を噛んだヨハン様の姿があった。修道士様のお手紙を掌の中に握り潰し、その拳を震わせていらっしゃる。こちらに風が吹いてくるかのような、強烈な怒気。



「ふざけるな……ロベルト修道士よ、俺はこういうのが一番嫌いだ!」



 そして、お手紙が床に投げ捨てられる。私の足元に転がったそれを、ヨハン様は顎で指して読むように促される。恐る恐る拾い上げると、まず目に飛び込んできた文字は。



「おそらく私はもう、帰ってこられません……!?」


「何食わぬ顔で帝都行きの依頼を受けておいて、貴殿、さては最初から死ぬつもりだったな?」



 怒りを露わに詰め寄られるヨハン様を見やり、修道士様は、はぁ、と疲れたようなため息を吐かれた。



「だからお読みになる場に居合わせたくはなかったのですよ……あなた様は必ずお怒りになるでしょうから。それに、仮にそうだったとして今更どうするというのです? 私以外に死んでもよい(・・・・・・)ドゥルカマーラ役のあてでもあるのですか?」


「それは後から考える。まずはきちんと説明してもらおうか」



 修道士様はご自身を睨みつけるオリーブの瞳をしばらく困ったように眺めていらしたが、やがて観念したように肩をすくめてみせた。



「私がイェーガー方伯のもとにいるとわかったら、皇帝は嬉々として私を殺すでしょう。そのことは()の大きな安心となって、のちの命運を分けるはずなのです」


「安心だと?」


「ええ。なにしろ皇帝にとって、最も敵側についてほしくない人物の一人なのですよ。ロベルト・フォン・リッチュル……自らに謀略の道を叩き込んだ実の兄はね」

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