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愛ゆえに

昨日は突然のお休みで申し訳ありませんでした。ブックマークやご評価、何よりここまで読んでくださっていることに感謝いたします。ありがとうございます。

 私は、ロベルト修道士様がどんな人生を歩んでこられたのか、全く知らない。


 正直に言えば、今日、教えを乞う時間を使ってマルタさんのことを相談させていただいたのも、この狭い塔での生活の中にあって、修道士様がもっとも頼りやすい存在であったというところが大きい。ヨハン様の貴重なお時間を私の個人的なことで消費してしまうわけにはいかないし、隠密の方々はどこか人間離れしていて、共感を得られなさそうな気がした。その点、修道士というお立場そのものや、以前「吐き出したいことがあるなら適任だ」と言って、家族についての戸惑いを自ら相談に乗ってくださった経緯から、ロベルト修道士様はお話しがしやすかったのだ。


 そういう簡単な気持ちで吐露してしまったもやもやとした心の内に、修道士様は私の想像を遥かに越える真摯さで、私の憂鬱に応えてくださった。「大いに傷つきなさい」……その言葉は表面的には残酷とも言えるが、私の弱さを肯定してくださっている。


 私はこれから自分の歩む道を想った。謀略の度に思い悩み、戦いの度に恐れ、人の死に立ち会う度に傷つく。ヨハン様の許にいる限り、そこから逃れることはできないだろう。果たしてそんな日々に、私は耐えることができるのだろうか。


 しかし、修道士様のお言葉は命令形だ。傷つくことが私の使命であるかのように。



「ヘカテーさん、あなたは弱く、そしてその弱さゆえに強い」



 私の思いを見透かしたかのように、修道士様はおっしゃった。



「お話にあった、ネーベルというどこかの隠密が、殺しを楽しむような人間になってしまったのは、そうならなければ自らの心を守ることができなかったからです。あなたは、方伯の家で隠密を束ねている方の傍に在って、繊細な少女の心を失わずにいる。さらに、あなた自身のご家族のことや、塔に閉じ込められている境遇を考えれば、それはなんと稀有なことでしょう」



 やはり、修道士様はヨハン様のお立場を見透かしていらっしゃった。そして、そのお立場に付き纏うはずの苦悩まで。



「先ほども言った通り、私は逃げてしまった側の人間です。ですから、あなたがもしこの塔から逃げ出したいというのなら、決してそれを止めたりはしません。でも、きっとあなたはそれをしない……その健気な愛ゆえに」


「え……」


「愛しているのでしょう? あの方を。ヨハン様のことを」


「どうしてそれを……」



 修道士様の微笑みがより深く、柔らかくなった。



「あなたはご自分の気持ちを、うぶな恋愛感情だと思っているかもしれません。しかし、あなたほど聡明な女性が、たかが一時の恋で、結婚や安定した地位を諦め、狭い塔の中に閉じ込められ、血なまぐさい政治の世界に身を投じる事を選択するはずがない」



 なぜ、いつ私の気持ちに気づいたのかには答えず、気恥ずかしさに俯く私に温かい眼差しを向けたまま、修道士様はなおも続けられる。



「あなたがその胸に抱いているものは、一時の恋ではない。愛です。恋よりももっと深く、気高く、美しいものです。愛を恥じることはありません。むしろ誇りなさい。なぜなら神は愛だからです。『愛は忍耐強い。愛は情け深い。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える』……あなたはそれを体現していらっしゃる。素晴らしいことです。ヨハン様に対してだけでなく、周囲のすべての人に愛情深いあなたですが、あなたの愛が、あの孤独な青年をどれほど支えていることでしょうか」


「私の愛が、ヨハン様の支えになっていると、そうおっしゃるのですか?」



 ヨハン様が私の気持ちに言及されたことはない。実を結ぶことがないのを承知の上で、一方的に、身勝手に抱いているこの気持ちを、ヨハン様に打ち明けたこともない。むしろ、どうか気付かないでいてほしいと願いながら日々を過ごしている。


 もちろん、演技の下手な私の気持ちになど、とうに気づいたうえで、気付かないふりをしてくださっているのかもしれないが……気付いていらしたらいらしたで、扱いに困るものだろうと思っていた。厄介なものでしかないと思っていた。


 それを修道士様は、ヨハン様を支えるものだと言う。



「もちろん。そして、彼が道を誤らないよう正せる人が、繊細な心のままに人の死を悼み、悲しめるあなたをおいて、他にいるでしょうか?」



 私は、姉君に渡されるはずだった留具(ブローチ)を私に渡したときの、切なげに揺れるオリーブの瞳を思い出していた。



「私の普通さが、非凡なあの方の助けになっているのなら、それは嬉しいことです」



 そう零すと、修道士様は声をあげて笑われた。



「あなたは決して普通ではありませんが……誰かの助けになることを喜ぶ。その心こそ、(しゅ)なる神が我々にお望みになっているものだと、私はそう思いますよ」

まだしばらく更新時間が安定しない日々が続きそうですが、引き続きお楽しみいただけますと幸いです。

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