表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
210/340

隠れ家

またしても更新遅くなりまして申し訳ありません……

 話が決まると、私が塔を出るための段取りが次々と進められていく。まず、出発するのは讃課のころとなった。人々が寝静まり、外に誰もいない時間。お城の使用人たちに見つかるわけにはいかないからだ。城を出た後は、一旦街にある隠密たちの隠れ家のひとつに滞在し、人が出歩いておかしくない時間になるまで待つ。そして、マルタさんのお店の近くまでは一緒に行くが、お店から目に入る範囲に入ったらオイレさんは離れたところから私を見守り、マルタさんとは私ひとりで話す。



「ヘカテー、何を話すべきかはわかっているな?」


「はい。いつ頃どうやって知り合ったのか、どこから来たどんな人物か、何故家を又貸しする手助けをしたのか、彼の行方を知らないか、の4点です。マルタさんは人助けが好きな人なので、使用人仲間が怪我をさせられて困っているのだと訴えて味方につけたいと思っています」


「良い。特に、出会った経緯と行方については詳しく聞いておけ。監視者がどう近づいたにせよ、出会い方に嘘はつけないし、行方は嘘だとしても手掛かりになるからな」


「嘘だとしても、ですか?」


「ああ。具体的な場所を答えたのなら、そこを探されることは監視者にとって都合が悪くない(・・・・・・・)ということだ」


「そこまで読まれるだろうと予想して裏の裏をかき、正直に答える……なんてことはありませんか?」


「ありえないとは言わんが、監視者の能力の高さを考えると可能性は限りなく低い。実際そこに赴いたかどうかは別にしても、そこに行くとマルタに告げた事実は、証言として機能してしまうからな。ちなみに、マルタは頭は回る女か?」


「はい、賢い人という印象です。お祭りの時なんかは、女性たちの仕事を仕切っていたりしました」


「なら猶更、嘘をつくはずだ。行先をぼかせば何か悪いことに噛んでいるのではないかと疑われる。具体的な地名を挙げるのに、本当のことを言う可能性は低い。ともかく、マルタからできる限りの情報を引き出すとともに、変に勘ぐられないよう気をつけろ。親しくしていた期間はお前の方が長くとも、子供のころの印象が強いお前と優秀な隠密では、隠密の方が信頼を勝ち得ている可能性も捨てきれんからな」



 そうこうするうちに夜も更けていく。


 オイレさんは一旦席を外すと、しばらくしてから濃い茶髪になって帰ってきた。調理場に行って炭で染めたのだという。赤毛は目立つので、諜報活動をする時は基本的にこのいでたちでいるらしい。髪の毛の色が変わるだけでこんなにも印象が変わるのかと驚いた。私がもしも黒髪でなかったら、全く別の人生を歩んでいたかもしれない……などとぼんやり考える。何しろ、私の外見について人が話すとき、父から受け継いだこの髪の色に触れないことなどなかったのだから。



「では、行ってまいります」


「期待しているぞ。オイレ、護衛は任せた」


「は。不届き者には指一本触れさせません」



 以前シュピネさんに連れられてこの塔まで来る時に使った、隠密のみが知る秘密の通り道。思えば、あの日から私は一歩も外に出ていなかった。久々に動かす足は不安定で、私はオイレさんに掴まりながらゆっくりと崖を下りていく。


 堀を越え、夜の街を密やかに進む。この時間帯に出歩いているものにはろくな者がいない。目立たぬよう、私たちは一切喋らず、ただ無心に足を動かした。月明りは薄く、近くの街に行くだけの道行きが、私にとっては大冒険だ。


 大通りに入り、そこからさらに何本か裏道に入ったところに、隠密の隠れ家はあった。なんてことはない、只の居酒屋。もちろん今は開いていないが、オイレさんは店の奥へと歩みを進め、扉を開く。



「はい、お疲れ様ぁ!」



 中に入ると、オイレさんは振り返ってそう言った。柔らかい微笑みは、ここが安全であることの証。盗賊の類にも出会うことなく隠れ家までたどり着けたことに、私はほっと無でをなでおろす。



「ありがとうございました。人の気配はしませんが、他の皆さんは……?」


「ああ、隠れ家といっても、隠密が共同生活する場所ってわけじゃないんだ。街で活動するうえで、居場所はどうしても必要だろう? こういう場所が主要な街には何か所かある。使っている時にはそれを知らせる暗号があるんだけど、今日は僕らしかいないみたいだねぇ」


「そうなんですね」



 前にシュピネさんの娼館に滞在していた時のように、ここも隠密の誰かが表の職業として持つ店なのかもしれない。居酒屋なら普段から開いていないと不自然だが、店主は別の場所で寝泊まりしているのか。



「奥の部屋にベッドがあるから、朝まで寝てな」


「え、でも……」


「親しい人といっても、君は聞き込みをするのは初めてでしょ? 寝坊助だったらちゃんと起こしてあげるから、頭は休めておいた方がいいよぉ」


「確かにそうですね。では、お言葉に甘えます」



 奥へ進むと、窓のない簡素な部屋に、取ってつけたようにベッドが置いてあった。静かすぎる真っ暗な空間。確かにこれは、起こしてもらわないと昼まで眠ってしまいそうだ。

讃課とは、午前3時頃です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ