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犬とダガー

「まさかお前から俺に手紙が来るとはな。これは何事だ?」



 お部屋に入ると、ヨハン様はテーブルの上に私の手紙と例の紙を置き、片肘をついて私を待っていた。久しぶりにお見かけしたヨハン様は、目の隈が濃く、少し痩せられているような気がする。



「お忙しい中、お手を煩わせてしまい申し訳ありません。お時間を割いてくださったこと、心より感謝申し上げます」


「良い。仔細を述べろ」


「はい。実はそちらの紙は昨夜、私の部屋の窓から入ったものでございます」


「トリストラントとは、たしかお前の父親の名だったな」


「さようでございます。それがどのくらい信じるに値するものなのかはわかりませんが、確認の時間をいただきたく、今朝がた居館に伺ったのですが……」



 ズザンナ様にお願いをしに行ってから、クラウス様とのお話しまで詳細をお伝えする。特にクラウス様とのお話に関しては……さすがにヨハン様から愛されている云々は言う勇気がなかったので、自信を持てと言われた程度にとどめたが……記憶の限り、やり取りを再現してお話した。


 報告の最中、ヨハン様は口をはさむこともなく、険しい顔でうなずきながら聞いてくださり、私が話を切り上げると一言こうおっしゃった。



「ヘカテー、よくやった」


「え……」


「事前に警告しておいたのもあるが、実際にクラウスを前にして、自分の思う通りに話ができる者はそうはいない。特にこの紙を取り返したのは快挙といって良いぞ」


「過分なお言葉、ありがとうございます」


「さて、だ。この紙の出所については心当たりがある」



 ヨハン様は小さな声で、少し苛立ったように「駄犬(ケーター)が」と呟いた。



駄犬(ケーター)……ですか?」


「ああ。これはおそらく俺の隠密がお前に渡したもの。敵側の人間なら紙を投げ入れるよりお前を殺すか誘拐した方が早いし、わざわざ梯子のない3階の窓から投げ入れるなんて芸当はかなりの手練にしかできまい。候補は数人いるが、投げ入れられた時間的に言ってケーターという奴だ」


「隠密、ということは、ケーターとは人名なのですか?」



 駄犬(ケーター)とは、ずいぶんとひどい名をつけられたものである。



「暗号名のようなものだな。だが、問題はまだ二つ残っている。一つ目は、何故ギリシア語で書かれたかということだ。奴にギリシア語ができたとしても、お前にあてたものならわざわざギリシア語で書く必要がない。誰かギリシア語を解する第三者がいる可能性もある。そして二つ目だが……」



 ヨハン様は突然、ドン、と拳で机を叩いた。



「俺はこれを命じていない!」



 私は思わずびくりと肩を震わせる。こんなにも怒気を露わにされたのは、初めてお会いした時以来だ。眉は吊り上がり、眼は見開いて、かみしめた唇に血がにじんでいる。ヨハン様が発する気迫に、部屋中の空気がピリピリとしているようだ。


 しかしその気迫はすぐに収められた。ヨハン様は、ふぅ、と気を落ち着かせるように深呼吸をすると、冷静なお顔に戻る。



「だが裏切りにしては稚拙すぎる。わざわざ俺に気づかせようとしているとしか思えない。俺も随分と舐められたものだ」


「そのケーターという人は、この城にいるのですか? ヨハン様の管理下にあるなら、詳細を本人にお聞きになれば……」


「そうだな。この城に住まわせてはいないが、すぐにでも呼びつけて話を聞くつもりだ。あとお前もお前だ。何か俺に隠している話があるんじゃないか?」



 そう言われて途端に顔がかあっと熱を帯びる。嘘を見抜くのがお得意なのは知っているが、こんなことに使わなくていいのに。



「そ、それは特に言う必要もないと思ったというか、その、クラウス様が……」


「はは、なんだその反応は! そうか、まぁなんとなくわかった。年を食っているとはいえ、あいつはなかなかかっこいいからな。別に言わなくていいが、あの上辺の優しさに騙されないようにだけ注意しろよ。ヘカテー、これを」



 ヨハン様は奥の引き出しから1本のダガーを取り出すと、私に渡した。



「護身用だ。休みの件は了承するが、お前が一人で実家に行くのは少し危険かもしれない。念のため持っておけ」


「ありがとうございます」


「何かあれば、休み中でもすぐに帰ってこい。お前の父親が生きていれば、一緒に城へ連れてくることも許可しよう」



 渡されたダガーの重みを両手に、私は何か大きなことに巻き込まれつつあることを感じていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ケータ―、クラウスと、いろいろ思惑が絡みあって参りましたな……
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