思わぬ手助け
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祖父が薬屋を通して渡してきた奇妙な紙切れの写しは、キリロスさんの忘れ物という名目で、ヨハン様からご領主様へ、ご領主様から奥方様へ、そして奥方様からティッセン宮中伯夫人へと渡ることとなった。ギリシア商人が残していったものだが、前半にドイツ語で不思議な言葉が書かれていたので、何と書いてあるか気になり調べている……という筋書きだ。祖父の存在自体はティッセン宮中伯の居城では有名だったので、どこ経由で知ったかをあえて明かさなくとも不自然ではない。貴婦人たちのお食事会で、物騒な紙切れのことがどう話題に上がるのかは気になるが、そこは奥方様にお任せするしかない。もう二十年も社交界を舞い踊ってきたお方だ。ティッセン宮中伯夫人とも互角に渡り合えるはずだ。
そして、その結果が目に見えて現れる前に、フリーゲさんの方に動きがあった。監視者が突然消えたのだ。自分の存在が暴かれたことに気付いたのか、それとも何か目的を成し遂げたのか……跡形もなく消えた。
「住んでいた家は引き払われず、全くの別人が住んでおりました。しかし、住人は監視者の事を知らず、間に入った者が手引きをしたと思われます。しっかりと見ていたつもりが、逃げる現場を取り押さえることができず、大変申し訳ございません」
報告するオイレさんは少し蒼褪めていた。それは取り押さえることに失敗したという事に落ち込んでいるというよりも、自分が監視をしていながら逃げられるほどの手練れだったという事実に対する恐怖と考えるべきだろう。オイレさんは優秀だ。並みの人間がその監視から逃れられる訳がない。まして、ラッテさんの部下も何人かついていた筈なのだから猶更だ。
「間に入った者は洗えそうか?」
「滞在中に親しくなった一般人と思われます。中心街から少し入ったところ、ちょうどヘカテーが以前住んでいた家の近くに居を構える商人の妻で、名をマルタと……」
「ええっ、マルタさんですか!?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げる。マルタという名前自体は珍しくもないが、私の家の近くにいる商人の妻となれば、一人しか思い浮かばない。
「なんだヘカテー、知り合いか?」
「はい……1年前、珍しい名前ではないので、もしかすると私がお城に奉公に出た後でやってきた別人かもしれませんが……私の隣人で、父とも親しくしてくれていました。世話焼きで話好きな、ごく普通の女性です。父が失踪した時、家を見に行った私を見つけて真っ先に声を掛けてくれたのも彼女でした。監視者が逃げるのに手を貸したのかもしれませんが、悪意あってのことではないと思います」
「ふん、世話焼きで話好き、か。確かに異邦人の見た目をした親子と親しくするとは、根っからの世話焼きなんだろうな。しかも話好きならば情報もよく手に入る。隠密にとっては実に愛すべき協力者だ」
「たしかに、街中の全員と仲良しのような人でした……」
私の頭の中にあるマルタさんの印象は、善意の塊のような人だ。いつ見ても誰かと楽しそうに話している、表情豊かで肉好きの良い頬。目と眉の間が広く、眉尻が少し下がっていて、それが親しみやすさを倍増させていた。いつも女性たちの中心に立って騒ぎ、亭主が泣き言を言えば背中を強くたたいて気合を入れる。おかげで男性からは女将軍なんて綽名がついていたりした。
「あの、ヨハン様……私の偽の死のことは、街の人々も知っているのでしょうか?」
「噂程度にはなっているかもしれんが、裁判は実行されていないし、葬式も行われていないからな……お前、まさか!?」
「はい、そのまさかです。監視者に手を貸したのがマルタさんなら、私が一番話を聞きやすいのではないでしょうか? オイレさんも、ラッテさんの部下の方々も、マルタさんとは面識がないのですよね? 1日2日程度なら、この塔を出ても、私の存在が明るみになることはないのではないかと……」
問いかける私に、ヨハン様は肘をついて考え込まれる。監視者は既に逃げてしまった。どこまで追うのか。私を塔の外に出す価値はあるのか……
「マルタとは、どのくらい前から交流がある?」
「物心ついた時には、既に知り合いでした。私のことも、よく働くいい子だといってかわいがってくれていたので、会えば喜んで話してくれるのではないかと……」
「そうか……ではそうしよう。オイレ、ヘカテーをマルタのところに連れていけ。その間、誰にもヘカテーを見られぬよう注意しろ」
「かしこまりました」
こうして私は2年ぶりに街へ出ることとなった。
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