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三国の知恵

 半月ほどして、調理場の中。ケーターさんがフリーゲさんを連れて再びやってきた。異常があれば半月を待たずに来るようにとのご命令はヨハン様から下っていたので、この間に来訪がなかったことは治療が順調であったことを意味する。ただ、フリーゲさんは相変わらず平然とした顔をしてはいるものの、その動きには右腕をかばうような癖が見られ、未だ痛みに苦しんでいるだろうことがわかった。



「やぁケーター、久しぶりぃ! 隣の君は噂の(フリーゲ)君か、よろしくねぇ」



 今回は、歯抜きに使っている薬を試したいという計画があったので、ジブリールさんだけでなくオイレさんも来ている。のんびりとした調子で声を掛けるオイレさんに、ケーターさんの小さな舌打ちが聞こえた。



「じゃあ全員揃ったし、ヨハン様をお呼びしてくるねぇ」


「あ、おい!」



 呼び止めようとしたケーターさんに見向きもせず、オイレさんは階段を駆け下りていった。



「ったく、こっちから出向くのが礼儀だろうが……」



 前から思っていたが、以前オイレさんがケーターさんの拷問を担当したという経緯と関係なく、このお二人は根本的にそりが合わない気がする。武闘派でありながら実は生真面目なケーターさんにとっては、能天気な上に何かと隠し癖のありそうなオイレさんが苛立ちの対象になるのかもしれない。



「ヨハン様は合理的なお方ですから、オイレさんはこちらで待機していたほうが喜ばれると判断されたんだと思いますよ。ヨハン様がお越しになる前に、フリーゲさんの包帯を取っておきましょう」



 私はケーターさんを宥めつつ、ゆっくりとフリーゲさんの右腕にまかれた布を取り外す。露わになった傷は蚯蚓(ミミズ)のように朱く盛り上がり、縫い合わされた継ぎ目には瘡蓋(かさぶた)が張っていた。



「半月よりも少し経ったぐらいか。経過は順調だったようだな」



 声と共に扉が開け放たれ、ヨハン様が入っていらっしゃると、ケーターさんとフリーゲさんはさっと跪き、緩かった調理場の空気が一気に引き締まる。やはり、自分たちの主であり、指揮命令系統の頂点でもあるヨハン様の存在は重い。



「フリーゲ、まずは傷を見せろ」



 フリーゲさんは凛とした表情で姿勢を正し、右腕をテーブルの上に乗せた。



「膿んだりはしていないようだな」


「はい、毎日ワインで拭っておりますが、お陰様で順調にふさがってきているように思います。そして、こちらがご指示に従い記しておいた、この半月の痛みの経過と体調の変化です」



 フリーゲさんは紙の束を取り出した。覗き込んでみると、少々角ばった文字が踊っている。



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6月18日

 痛み9、頭痛あり


6月19日

 痛み9、頭痛あり

 薬服用後:痛み7、頭痛軽減


6月20日

 痛み7、体調異常なし


6月21日

 痛み8、体調異常なし


6月22日

 痛み7、体調異常なし

7月5日

 痛み6、体調異常なし

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 なんと、最初10段階で9まであった痛みが、薬の服用後7まで軽減、たまにぶり返しつつも今は6まで落ち着いたらしい。また、体調に関しては初日と2日目にあった頭痛が3日目にはなくなっているので、これも薬の効果と思われる。他に体調の異常はないのは、さすが武力担当は身体が強いといったところか。



「かなり順調に良くなったようですね」


「お陰様で。お薬をいただけたおかげです」



 傷の縫い跡を、オイレさんが興味深そうにのぞき込む。



「何か気になりますか?」


「いや、縫ったはいいけど、糸はどうするのかなと思って」


「肉がくっついていれば抜き取るそうです。取れなかった場合も、いずれ身体の外に排出されるそうですが……Τι νομίζετε;(どう思いますか?)」


「Νομίζω ότι είναι αρκετό να αφαιρέσετε τα νήματα.(糸を抜いても良いと思います)」



 ジブリールさんが頷いたので、糸を抜く。まず糸を1本ずつ引っ張り上げて浮かせ、間にナイフを差し込み、手元に注意して切る。以前ヨハン様が職人に作らせていらした、解剖用の小さなナイフが役に立った。糸を切り終えたら、やはり1本ずつ、ゆっくり丁寧に抜いていく。フリーゲさんに痛くないか問うと、痛みはないが違和感があるとのことだった。抜いた後は当然穴が開いた状態になるが、これはいずれ自然に塞がるらしい。



「Μετά από αυτή τη θεραπεία, θα αισθανθείτε λίγο πόνο για ένα μήνα.」


「フリーゲさん、このあと1か月は痛みがあるそうです」


「わかりました……」


「なら、オイレの薬を試すのに丁度良い」



 痛みがあると聞いて、ヨハン様が割って入られる。



「それにしてもフリーゲ、お前は贅沢な奴だな。その傷の処置に、三国の知恵が生かされる。こんなことは滅多にないぞ」


「は、はい! ありがとうございます!」



 ジブリールさんの縫合技術に、祖父の薬とオイレさんの薬。今回の治療でその効果が見込めれば、いずれ当たり前のものとして融合していくのだろう。

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