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救わんとするならば

ここまでお読みくださりありがとうございます!


今回、傷の状態についての描写があります。苦手な方はご注意ください。

 とりあえず、治療を終えたのでフリーゲさんは帰らせることにして、残った皆でジブリールさんのお話しを聞くこととなった。冊子の編纂を手伝ったときにはそこまで医学への興味がなさそうだったケーターさんも、傷に関することとなると話は別のようだ。



「ケーターさんも、傷の治療には興味があるんですか?」


「ああ、傷を負っても治せるのなら引き続き戦える。俺たちにとって、大怪我で戦えなくなるのは死ぬのと同義だ。つまり、傷の治療は死人を減らすようなもんなんだよ」



 ケーターさんの受け答えに、ヨハン様が僅かに目を瞠られる。



「死人を減らすようなもの、か。これは隠密に限らず、戦争に参加する兵でも言えることだな。治療で回復が可能なら兵力の損害が減るのと同じだ。もちろん、完治するまでは戦力に数えられないだろうが……このことは心に留めておこう」



 戦争での怪我人は棄て置かれるのが常だ。もちろん、戦地において、応急手当を行う休憩の場は存在する。しかし、それはあくまで身体を休める()であって、医師や床屋がいるわけではない。戦士たちは素人同士で、互いに刺さった矢を抜いたり、傷に布を巻いたりするのみだ。


 騎士や傭兵であれば日頃の鍛錬である程度のコツを掴んでいるかもしれないが、農村から徴用された歩兵は基本的に傷を負えば生き残ることができない。仮に傷を抱えたまま戦地から帰ってこられたとしても、思うように動かない身体は農作業では使い物にならず、いずれゆるやかにその生きる術を失うこととなる。戦地での医療の提供、もしくは戦士たち自らが治療技術を習得することは、戦力的な意味だけでなく、文字通りの意味でも死人を減らすことになるはずだ。


 皆が真剣な面持ちでジブリールさんを見つめる。彼は一瞬、その視線に驚いたような表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうな笑顔で受け止めてくれた。気圧されることなどない。期待には必ず応えられるという自信ゆえだろう。



「Πρώτα, παρακαλώ παρατηρήστε την πληγή καλά.(第一に、傷をよく観察してください)」



 負傷者に正しい治療を施し、その命を救いたいと願うなら、まずは傷口の形状と色にも気を配らなければいけないと、彼は語る。丸い傷やギザギザの傷は直線状の傷よりも治りが遅い。腫れて盛り上がっているならば、中で骨が折れているかもしれない。また、治療せず放置してしまって膿んでいるならば、清潔なナイフで切開し膿みを取り去らなくてはいけない。


 傷を負った部位も治療方法を決定する重要な要素だという。手足なら危険性は低いが、首や頭の場合致命傷となりうる。治療する際には傷だけでなく骨にも注意する必要がある。首にある頸椎という骨が折れれば一瞬で死を呼ぶことになるので、不用意に動かさないようにしなくてはいけない。腹部の傷も、傷が内臓まで達し、腸がはみ出ているような重傷は表面を縫うだけで満足してはいけない。この時注意すべきは、必ずはみ出た腸を元の位置に戻すことと、連筋肉と浮肉という二つの膜を別々に縫うことである。また、これはウリさんも言っていたことだが、ある種の臓器の中で分泌される液が漏れ出てしまうと、他の部位にとっては害となるので、臓器そのものが傷ついていた場合はほとんどの場合助からない。



「Μην ξεχάσετε ποτέ.Ο γιατρός δεν είναι Θεός.(決して忘れてはいけません。医師は神ではないのです)」



 目の前に負傷者がいる以上、それは神の思し召しであり、簡単に治療を諦めるべきではないが、これらの傷は根本的に治療が不可能な場合もあるので、いかに安らかに最期を迎えさせてあげるかという方向に考え方を切り替えるべき場合もあるということを覚悟するようにと、ジブリールさんは言った。


 また、その傷が何によってできたどのような傷なのかも把握する必要がある。傷つけたのが剣や槍であれば、深い切り口からの出血により命が危険にさらされる前に、縫い合わせて止血することが最優先だ。


 矢によるものならば、矢尻が残っているのかを確認する。矢の柄が外れて矢尻のみが埋まっていることもあるので、見逃さないように注意が必要だが、必ず矢尻を取り出さなくてはいけないとは限らない。狭く入り組んだ骨の隙間などに入り込んでいる場合は、無理に取り出すよりも埋めたままにしておいた方がかえって負担が少ない。動きに支障は出るだろうが、そういった異物は肉体の意志により、身体の一部として取り込まれるか、長い時間をかけて外部に排出されるかが選択されるのだ。

 


「Ωστόσο, Το πιο σημαντικό πράγμα για τη θεραπεία μιας πληγής που τραυματίζεται από ένα βέλος είναι η ταχύτητα.(しかし、矢傷の治療で最も重要なのは、治療の早さです)」



 ジブリールさんはそこまで語ったところで、そう付け加えた。矢傷は、傷を受けた身体の部位にかかわらず、放置することで大変な事態を巻き起こすことがあるのだという。黒の瞳は何かを警告するように強く輝き、私は思わず息を呑んだ。

ついに200話を迎えました。読者の方々に感謝しています。読んでくださるだけでも嬉しいのに、ブックマークや評価、ご感想など、多くの反応をいただき、「この作品を楽しんでくださっている方々がいるのだ」という実感にモチベーションを支えられていることで、ここまで続けてこられたと思っております。ありがとうございます!


なかなかの長編となっており、描きたい世界はこんなに壮大だったのかと自分でも驚いておりますが、必ず完結まで続けますので、引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。


今後とも塔メイをよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 200話おめでとうございます。 ジブリールさんたちの今後が楽しみです。
2020/09/08 00:18 退会済み
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