奇妙な顔ぶれ
ヨハン様のご計画により、ロベルト修道士様がジブリールさんから脱臼の治療を習うこととなった。もちろん、ジブリールさんの出自の詳細は伏せ、キリロスさんの紹介でやってきた耳の不自由なアルメニア人医師という肩書にしてある。脱臼の治療はあまりに革命的なので、やはりドゥルカマーラ先生の名前を使ってドゥルカマーラ学派の者たちから浸透させる必要があるため、ドゥルカマーラ役のロベルト修道士様にも一通りのやり方を覚えておいてもらう、という筋書きだ。
『今日はよろしくお願いいたします、ロベルト修道士様』
「こちらこそ」
しかし、私にとっては大きな問題が一つあった。ここにいるのは、今日はロベルト修道士様とジブリールさん、そして私の3人だけなのだ。ヨハン様は調理場まで下りていらっしゃらなかったし、オイレさんは来ていない。さすがにお二人だけにするわけにもいかないと思い、一緒についてきてしまったが……正直、どうしてよいかわからない。
向かい合うお二方。その間には、ピットさんから買い取ってきた男性の遺体が横たえられている。まだ若く、首に真っ直ぐ入った縄の痕が痛々しいが、解剖の時と違って服は着せられている。おかげで、一見、ひどく顔色の悪い病人が眠っているだけのようにも見えなくはない。
それ故に、私には気がかりだった。ロベルト修道士様のお顔が険しい……いつも憮然としたような無表情のお方だが、今日はあからさまに目つきが鋭く、頬が強張っている……のは、単に目の前に遺体があるからではないと思われるからだ。ジブリールさんが異教徒であるということを見抜かれたのか、この調理場で脱臼の治療以上のことが行われていることに勘づかれたのか。
もちろん、普通の人ならどちらも気づくことはないだろう。ジブリールさんは外国人の風貌をしてはいるが、身なりはこの地の一般人と何も変わるところはないし、ここは良く片付けられた普通の調理場だ。しかし、修道士様の観察眼と洞察力をもってすれば、どこまで見抜いていてもおかしくはない。
そんな私の緊張を知ってか知らずか、ジブリールさんはいつもの屈託のない笑みをその顔に浮かべ、さらさらと文字を書いていく。
『本日お見せするのは、私が祖国で行っていた脱臼の治療です。筆談で恐縮ですが、できるだけ丁寧にお教えいたします。質問があればいつでもおっしゃってください』
まずは基礎知識として、骨と関節の構造についてが紙面上で説明されていった。関節は骨同士が半球と受け皿のような形で繋がっていること、骨同士を結ぶひも状の組織があること。そして、脱臼とはその関節が正しい位置からずれてしまった状態にあること。簡潔な説明と、簡単な図。修道士様もすぐに概要は把握されたようだ。
説明が終わると、いよいよ実践に移る。ジブリールさんは遺体の腕を持ち上げ、肩の関節を外した。生きていれば悲鳴を上げるのかもしれないが、物言わぬ遺体はジブリールさんにされるがまま、その腕を縦横無尽に動かして、あり得ない可動域により関節が外れたことを証明して見せる。
今度は腕を素早くひねるように回して、外れた関節を嵌めなおす。ゴリ、コキ、と音がして、骨が嵌ったことが分かった。確認すべき点を指示しながら、ジブリールさんはそれを繰り返す。大方の動きが分かったところで、修道士様を遺体の横に立たせ、腕を持たせて、ご自分はその背中に張り付くようにして一緒に動きを確認した。
何度か動きを繰り返した後で、修道士様おひとりで同じ動作を再現される。手拍子に合わせて、一、二、三。ジブリールさんは無事骨が嵌ったのを確認すると、ロベルト修道士様を拍手で称えた。
すると、修道士様は説明に使っていた紙に、お礼の言葉を書き込まれた。
『丁寧なご説明をありがとうございます。まだ人に教える自信はありませんが、お陰様で、少なくとも肩に関しては自力で治療することができそうです』
『いえいえ、習得がお早いので驚きました。この調子なら、全身の関節を治せるようになる日もそう遠くはないでしょう。さすが、ヨハン様のお傍にいらっしゃる方々は、皆様優秀ですね』
『それは過分なお言葉を。ところで、失礼ですが、あなたは本当に耳が聞こえないのですか? この治療は音の把握が重要ですし、先ほどあなたは私に教えるために、手拍子をとっていらっしゃいましたが』
背筋が凍った。ああ、やはり。ロベルト修道士様は、ジブリールさんのことを疑いの目で見ていらっしゃる。どうして私はここに一人なのだろう。このお二方のやり取りを、私はどうしたらよいのだろう。




