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人体の設計

ブックマークや評価、誤字報告等、本当にありがとうございます!お読みくださる皆様に感謝しております。


解剖についての描写があります。苦手な方はご注意ください。

『根本的なお話になりますが、実は私は、臓器を肝臓系、心臓系、脳系で分けるという考え方には賛同していません。胃も、おそらくは肝臓が血を創る補助ではなく、食べ物から力を吸収する準備を行う器官です』


『なぜそう考える?』


(アッラー)の創りたもうた人の身体は、非常に合理的にできています。似姿と言われるその美しさは、究極の機能美にあると私は考えているのです。精巧に創られた身体の器官が、その機能を重複させるとは考えづらい。はっきりとした個々の役割があるはずです』


「ほう、合理的にできている、か。確かにそうかもしれん」



 私も納得した。人の姿を機能美とは思っていなかったが、優秀な職人の手仕事とは無駄がないものだ。人の身体は生きるために最適な形に設計されている。その設計者が全能なる天の父とあれば、無駄などあるわけもない。



『そこで、注目すべきは食べ物が口から入り、出ていくまでの道筋です。胃はその道筋の最初にある器官です。どんな作業の工程も準備から始まって後片付けで終わるもの。まずは口内で食べ物を砕き、次に胃で溶かすのではないでしょうか』


『刑吏も胃には毒液が入っているといっていた。その液は食べ物を溶かすためにあると。それから、少しくらいなら悪くなったものを食べても大丈夫なのもこの液のせいだといっていたが、それについてはどう思う?』


『同感ですね。食べるまで本当に食べて良いものかわからないというのは、自然に生きていれば十分考えられる状況です。最高の機能美を持つ我々の身体が、それを想定していないとは考えにくい。もし入ってきたものを取り込んでよいか選別を行うとしたら、その機能は食べ物が最初に通過する器官に備えるのが合理的でしょう』



 ジブリールさんの見解に頷いていると、オイレさんが手を上げ、質問を書き込んだ。



『すると、胃には2つの機能があるということでしょうか? 口の中にも唾液があります。これは食べ物を噛み砕きやすく、かつ飲み込みやすくするためのものだと私は理解していますが、なぜ唾液にそのどちらかの機能を持たせなかったのですか?』



 歯抜き師らしい質問だった。



「飲み込みやすいというのはわかりますが、噛み砕きやすくなるのですか?」


「うん、水があった方が粘土を捏ねやすいのと一緒だよぉ。あと、食べ物が歯にくっつきにくくなるから、虫歯もできにくくなるねぇ」


「二人とも、会話は紙面上でやれ」



 思わず口頭で質問してしまい、ヨハン様に(たしな)められてしまった。



「失礼いたしました……」



 私たちの会話がひと段落したのを確認すると、ジブリールさんは回答を書き込む。



『唾液にもその役割は備わっていると思います。傷口を舐めるのは、毒が入り込まないようにしようという本能でしょう。しかし、これは推測にすぎませんが、溶かす役割の方は、唾液に備えさせる訳にはいかなかったのだと思います。胃の液は死後に自身を溶かしてしまうほど強力なもの。口は空気の通り道ともつながっています。唾液が食べ物を溶かす役割を持っていたとして、それが気道に入ったら大変ですので』


『ありがとうございます。言われてみればその通りですね』



 オイレさんが説明に納得する姿を見て、ジブリールさんはとても嬉しそうにしていた。ヨハン様が憧れる頭脳の持ち主であるジブリールさんだが、口の中の専門家はオイレさんの方だ。専門家の疑問にご自分の医学が通用したのだから、自信も持てるというものだろう。



『ところで、そろそろ解剖の続きをしませんか?』


『そうだな』



 オイレさんとジブリールさんで協力して、一旦遺体を床に置き、その内臓を取り出して台の上に置く。どん、と台に置かれるときの音でその重さが分かった。奇妙な形の連なった、巨大でグロテスクな肉の塊だが、これが主なる神によって無駄なく設計された人間の中身だ。どうしてこんな形になったのだろうという好奇心が、ほんの少し気味の悪さを打ち消してくれる。



『さて、話題にもなったことですし、まずは胃から見ていきましょうか。せっかく綺麗な(・・・)状態の胃があるのですから、取り出して調べてみたいです。切り離しても良いですか?』



 そう書き込み、黒い瞳を輝かせて少年のように笑うジブリールさん。医学への純粋な探求心と、目の前の肉塊を美しいものとして扱う独特の感覚。


 もしかして、と私はジブリールさんをちらりと見やって考えた。この方は、信仰心故に医学を志したのではないだろうか。先ほども『(アッラー)の創りたもうた人の身体』と表現した。その最高の作品を解き明かすことで、神の考えに近づきたい……そんな想いが、彼を突き動かしているのではないだろうか。


 今まで、異教のことはよくわからないと思っていた。しかし、ジブリールさんを見ていると、どことなく修道士様を見ているような気持ちになる。理解しがたいところも多い彼だが、信仰の違いという壁は、昔思っていたほどには高くないのかもしれない。

ジブリールの発言はあくまで彼の見解です。本当は唾液にも溶かす役割(デンプンの分解)はありますが、まだこの時点では、自力で研究して辿り着けるとは思えなかったのでこうなりました。

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