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変わることはない

 階段を下っていく足音が途絶え、クラウス様の気配が完全に消えると、ヨハン様は姿勢を崩される。



「あいつの相手は少し疲れる。それだけ優秀な執事がいるのは誇るべきことだが」


「やはりクラウス様は、貴族の方々の中でもかなりこうしたやり取りに長けていらっしゃるのですか?」


「ああ。宮廷に出ていたとしても、あいつに振り回される奴は結構な数いるだろうよ」



 そして、足を組み替えて、ため息交じりにおっしゃった。



「俺のあいつに抱いている感情は、近親憎悪なんだろうな」


「え? 私はお二人が似ていらっしゃるとは思いませんが……」


「いや、似ているとも。仮面をかぶりながら人を使い、誰かの影として使われながら、智謀を働かせることに快感を覚え、踏みにじった者たちの想いなど省みることはない。境遇も、内面も、俺たちはまるで表裏一体だ」



 そんなことはありません、と反射的に答えようとして、言葉を飲み込む。クラウス様は私にとって恐怖の象徴であっても、それはあくまで一面的な見方にすぎず、行動のすべてはあくまでご実家のためだ。また、執事としてのお役目も十分に果たしていらっしゃる。似ているということ自体は、別に悪いことではない。


 ご境遇については、確かにそうだった。ご実家から遠くこの地に縛られたクラウス様と、さらにそのお城の塔の中に閉じ込められているヨハン様。お二人とも、宮廷に出ることも、ご家族と顔を合わせることもなく、間接的にもたらされる情報を頼りに大きな判断を下される。


 そして、クラウス様は優しい執事という仮面を、ヨハン様は残虐な次男という仮面をかぶり、頭の中に何があるのかは隠されている。



「お二人とも、お家のために必死でお働きになっているところは、確かに共通していらっしゃいます。ですが、踏みにじった、想いを顧みないなどとおっしゃらないでくださいませ。ヨハン様は、ご家族を愛し、配下を大切にしていらっしゃいます。打つべき敵のことにまでお心を痛めていいらしては、ヨハン様のお心が持ちません」


「しかし俺はついさっき、何の疑問も抱かずに、無辜の民を殲滅しようとしたのだぞ?」


「ちゃんと踏みとどまられたではありませんか」


「それは、お前がその留具(ブローチ)を見せてくるからだ」


「私に見せることをお命じになられたのはヨハン様です。そして、踏みとどまり、考え直され、素晴らしい策もご発案なさいました」


「……まぁ、着地点は悪くなかったな。さっきの話のおかげで、のちのちエーベルハルト1世と対峙する日が来た暁には、本当にアウエルバッハ伯とマジャル人を巻き込むことができる。クラウスにそこまで見破られないか、内心冷や汗ものだったが、うまく騙せた」


「騙すって……」



 そんな言い方をなさらなくても良いのにと思うが、クラウス様が真相を知れば確かに「騙された」と感じるだろう。皇帝に刃向かうなんて発想は常人にはできないし、ヨハン様がご自分で『荒唐無稽』『鼻で笑われて(しま)い』とおっしゃったことを、まさか実行するとは思わない。



「さて、ヘカテー。クラウスの妹になった気分はどうだ?」



 ヨハン様は笑いながら話題を変えられた。そう、私はこれからアウエルバッハ伯の娘として生きていくことになる。



「正直よくわかりません。妹といっても妾腹の子、公の場でクラウス様をお兄様とお呼びする日が来るわけでもありませんし」


「だが、自由の身になったとも言えるぞ?」



 その言葉にはっとする。これでもうイェーガーのお家にご迷惑はかからない。つまり、イェーガーのお家にはもう私を塔に隠しておく理由がない。



「権利放棄の誓約書を作成できたら、この塔を出て、アウエルバッハのお家に……」



 お仕えに行かなくてはいけませんか、と言おうとしたが、声にならなかった。身分からして、お仕えするなら侍女としてになるだろう。それは働けなくなるまで、生涯のお仕事だ。もうここに戻ってくることはない。つう、と熱い頬を冷たいものが伝うのを感じた。



「お、おい。泣くな、泣くなヘカテー」



 珍しく焦ったご様子でヨハン様が立ち上がる。溢れる涙を指先で拭ってくださった。



「からかって悪かった。アウエルバッハにはお前を雇うだけの余裕はない。自由の身になったといっても、お前の行先はどこかに嫁ぐかここに残るかの二択だ。遠方に働きに出て肩身の狭い思いをするようなことはないぞ」


「……ここに、いてもよろしいのですか?」


「ああ。とはいえ、隠密の疑いで裁判の手前まで行ってから死んだという筋書きで口裏を合わせてきたからな、居館に戻してはイェーガーの信頼に関わる。結局塔の中に隠し続けて、誓約書は万が一存在が漏れた時の切り札にするしかないが、残るので良いのか?」


「もちろんでございます。ここで、ヨハン様にお仕えさせてくださいませ」


「こちらから頼みたい。だがな、アウエルバッハの窮状を知りながら、そこに雇われると考えるようでは、お前もまだまだだ。その辺、ロベルト修道士にでも教えを仰いでおけ」



 笑顔で答える私を見て、ヨハン様も呆れたように微笑まれた。私たちは変わることのない日々を、この塔の中で、密やかに過ごしていくのだ。

ここまでお読みくださりありがとうございます! ブックマークや評価にも感謝です。

16章はいつもより少し長めでしたね。次回より新章に入ります。お陰様で40万字を越えましたが、まだまだ物語は続きます。引き続きお楽しみいただけましたら幸いです!

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