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三枚の手紙

 ヨハン様の質問に、クラウス様の瞳が僅かに揺れる。表情こそお変わりないものの、私はその中にたじろいだような雰囲気を読み取った。何故だろうと思っていると、予想もしなかった言葉が加えられる。



「ああ、安心しろ。金は上乗せしてくれてやる」



 その言葉に、クラウス様は、ふう、と安堵のため息を漏らす。どういうことなのかが呑み込めずに、視線に疑問符を絡ませてヨハン様へ投げかけると、説明してくださった。



「もともとアウエルバッハにとっては、いなくなってくれたほうが都合がよかった、ということだ。さほど税収が上がるわけでもなし、言葉の違いや文化の違いで周囲との争いは絶えず、アウエルバッハの衰退の一因でもあるんじゃないか?」


「そんな……!」


「そこにいよいよ暴動の危機がやってきて、鎮圧のためにイェーガーが支援をする。支援するからには、家の名に懸けて決して負けることがないよう、多めに額面を見積もるはずだということもこいつはわかっている。だから方針が変わると聞いて、マジャル人の問題を片づけられるかの不安だけでなく、自由に使える金がなくなることを恐れたのさ」



 改めて丁寧に説明されたことが恥ずかしかったのか、クラウス様を見ると、すっと目を逸らされた。


 それにしても、領地の危機を逆手にとって、長年の問題をイェーガーのお家の力を借りて解決するのみならず、さりげなく経済的な余裕までともどそうとするとは。やはりこの方は一筋縄ではいかない。



「で、どこからの情報なんだ? さすがに自ら率いるのであれば、そんな禍根を残すような馬鹿げた作戦など組まんと思うが」


「……皇帝陛下自らお話になったとのことです。アウエルバッハは兵力を提供しておりません。率いているのはマイスネル伯です。当初は兵力の提供を免れたと喜んでいたのですが……」


「ふん、わざわざその話をアウエルバッハ伯にするとは、イェーガーとの繋がりの度合いをを量ろうとしたか知らんが、いい趣味(・・・・)だ。おい、ここではその陛下(・・)というのはやめろ。気分が悪い」


「大変失礼いたしました」


「だが、アウエルバッハ伯がマジャル人部隊を率いていなかったのはかえって好都合だったな。これで問題は片付くぞ」


「は……?」



 ヨハン様はにやりと笑みを浮かべて顎を撫で、素っ頓狂な声を上げたクラウス様のご様子を面白そうに眺めている。



「わからんか? せっかく交渉し、協力を取り付けたというのに、指揮権すらもらえないとは、アウエルバッハも被害者ではないか」


「そ、それはまさか……」


「そのまさかだ。そもそも皇帝が蒔いた種だろう。育ったものは自分でどうにかするのが筋というものさ」



 蒼褪めるクラウス様。それも当然だ。クラウス様は、ヨハン様がエーベルハルト1世を打倒すべく動かれていることをご存じない。怒りの矛先をアウエルバッハのお家から逸らすにしても、皇帝に向けるなどとは思いつくはずもないのだ。



「別に反旗を翻す必要はない。連中とて、現状アウエルバッハに力がないことぐらいわかっている。力をつけた暁には共に戦おうと(うそぶ)いて、怒りの矛先を誘導し、悲しみを共有してやればよいのだ。結果、しびれを切らして打倒皇帝に動こうとするならその時はその時、勝手にさせておけばよい。結果自滅するだろうが、別にアウエルバッハに被害は及ばんだろう?」


「た、確かに……その通りですが……」


「念のため皇帝に気取られないようにだけ気をつけておけ。まぁ、さすがにこんな荒唐無稽な話を信じはしまい。アウエルバッハの規模を考えれば、鼻で笑われて(しま)いというものだ」


「しかし……マジャル人たちは信じるでしょうか?」



 クラウス様の言葉に、ヨハン様は無言でペンを取り、何かを書き始められた。カリカリというペンの走る音だけが部屋に響く。クラウス様も私もただじっとして、ヨハン様がそれを書き終えられるのを待った。


 しばらくすると、ヨハン様は2枚の紙を差し出された。



「クラウス、さっきの手紙はそのままで構わん。一緒にこれを持っていけ」


「これは……」



 クラウス様の両目が大きく見開かれる。気になったのでヨハン様の方をちらりと見ると頷かれたので、私も覗き込んでみた。


 一枚は、マジャル人を殲滅する方向であれば必要になる予算のは別紙のとおりだが、もしこういう形で交渉を進めるのであればこれだけで済むという説明をしたご領主様へのお言付け。


 もう一枚は、アウエルバッハとマジャル人部隊が裏切られ、甚大な被害を被っていることに心を痛めているという旨と、もしこの件で動くのであれば手を貸すという旨が書かれた、ヨハン様からアウエルバッハ伯へのお手紙だった。どのように動くのか、どう手を貸すのかには一切触れられてない。しかし、ヨハン様のお名前とイェーガーのお家を示す印璽があれば、大きな後ろ盾ができたことを確信させるには十分だろう。



「ご提案の通り、マジャル人との交渉を進めさせていただきます」



 クラウス様ははっきりとそう告げ、部屋を出ていかれた。

現実の歴史でも、民衆十字軍がマジャル人を異教徒と勘違いして襲い、反撃されるという事件が起こっていたりします。異なる民族の問題は難しいですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] どうでもいいことですけどアウエルバッハって聞くとマイスネル家もあるんじゃないかって思っちゃいました
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