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謀略の果て

 階段を上がりながら、クラウス様は溜息を漏らす。



「こうなるはずではありませんでした。手札が足りなくて来てはもらったものの、正直に言うとまだ望みは薄いと思っています。兄のことは信頼していたのですが……やはり、書簡だけでのやり取りでは、勘が働かないものですね」



 つらつらと紡がれる言葉に、私は答えない。この方は理解してほしくて何かを話されるときには、最も意味の伝わる言葉を選んで丁寧に説明される。話の意味が分からないということは、私に向けられた言葉ではないということだ。気を落ち着けるための独り言に近いものだろう。


 扉の前まで来ると、クラウス様は一度ぐっと唇を噛んで下を向く。そして、胸に手を当て、何かを振り払うように頭を左右に振ってから、声を掛けられた。



「ヨハン様、クラウスでございます。大変不躾ながら、個人的なお願いがあって参りました。お時間をいただいてもよろしいでしょうか」



 そこに私も続ける。



「ヘカテーでございます。クラウス様に連れられてまいりました」


「……そうか、二人とも入れ」



 少し間をおいて返事が返ってくる。静かに扉を開けて部屋の中へと進んだ。ヨハン様は険しいお顔だが、私を見ると少しほっとしたように小さく息を吐かれた。



「さて、クラウス。まずはそこのあり得ない連れ(・・)について、どういうことだか説明してくれるんだろうな? 部屋を勝手に物色でもしていたのか?」



 苛立たしげについた頬杖と、座った位置、低い点から斜め上へと突き刺さる視線。隠す気もない怒気を孕んだそれに、クラウス様は痛みに耐えるような表情で目を伏せた。



「いえ、物色など……恐れながら、先ほど3階の部屋がふと気になりまして(・・・・・・・・・)、開けてみたところ遭遇いたしました」


「それで、どうしてヘカテーを一緒に連れてきた? 死んだ筈の者の存在をタネに、俺を脅しでもするつもりだったか?」



 ばん、とテーブルを掌で叩くヨハン様。その音に弾かれたように、僅かに上がるクラウス様の両の手。それは明らかに無意識の動きだった。以前は不機嫌なヨハン様に対しても、もう少し余裕があったはずなのに。



「滅相もございません! 連れてきた理由は後ほどお話させていただきます。こちらへは、あくまで私の個人的なお願いで参上しました」


「ふん、そうか。まぁいい、話は聞いてやる」



 ヨハン様はクラウス様の様子をしばらく眺めたのち、にぃっと口元だけに笑みを浮かべると、今しがたテーブルを叩いた掌を上に向けて、指先をくい、と動かされた。余裕のないクラウス様のご様子に対し、いつになく挑発的だ。



「ありがとうございます。実は、私の実家、アウエルバッハの家がはかりごと(・・・・・)に遭い、存亡の危機に瀕しております」



 予想外の告白に、私は思わず息を呑んだ。アウエルバッハ伯についてはあまり詳しく知らないが、少なくともクラウス様については謀略がお得意な印象しかない。他人を陥れることはあっても、陥れられる側に回るとは思ってもみなかった。それも、存亡の危機に瀕するほどに。


 ヨハン様は一瞬私を見やると、表情を変えることもなく、すぐに視線を戻して続きを促された。



「はかりごとだと?」


「はい。現在の皇帝陛下、エーベルハルト1世が御即位前、リッチュル辺境伯でいらした時のことです。恥ずかしながらアウエルバッハは経済的に厳しい状況でしたが、兄より、辺境伯の恒久的な支援を取り付けたとの連絡を貰っておりました。その時点で何か裏があると気づくべきだったのですが……私は、表向き別件で協力をしていることを知っていたため、それを見過ごしてしまいました」


「背景はいい、はかりごとの内容を述べろ」


「大変失礼いたしました。我がアウエルバッハは、リッチュル辺境伯からの経済的支援と引き換えに、領地内に住むマジャル人たちと交渉し、十字軍にマジャル人部隊を投入するという約束をしておりました」


「それを反故にされたということか? よくある話だ」



 つまらなそうに鼻を鳴らして言い放たれるヨハン様に、クラウス様は哀しい目で訴えた。



「いえ、それだけにとどまりません。その後、辺境伯は此度の戦争の勝利に導くことを教皇に宣言して帝位の(いしずえ)とされましたが……マジャル人部隊は囮として全滅することを前提に戦略が組まれております。同胞が使い捨てられたことに気づいたマジャル人の怒りの矛先は、交渉相手であるアウエルバッハに向かうでしょう。しかし、支援が途絶えた上、マジャル人部隊の投入で更に情勢が悪化したアウエルバッハでは、彼らの蜂起に抗う術がないのです」

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