開かれた扉
学びの時間を終えると、ロベルト修道士様との雑談の内容を、私は速やかにヨハン様に伝えに行く。密告のようで少し気がひけるが、修道士様も、その前提でお話されていることだ。ご自身でお伝えにならないのは、私がうしろめたさに耐えるための練習という意味合いもあるのだろう。
「ヘカテーでございます。ロベルト修道士様について、新たに分かったことがありましたので、ご報告に参りました」
「入れ」
ヨハン様は、指先でくるくると髪の毛を弄りながら眉根を寄せて、何かを考えこまれているご様子だった。
「失礼いたしました、お邪魔でしたでしょうか」
問いかけると、片手で持っていた本を閉じられる。表紙にはアラビア語、ジブリールさんの本。お仕事ではなく、医学のことでお悩みだったようだ。
「いや、構わん。少しキリがつかなかっただけだ。それより、ロベルト修道士について何が分かった?」
「本日、少し雑談をさせていただいたのですが、その際に修道士様がローマからこちらまで来られた目的を教えていただきました」
「ということは、例の問題も解けたのだな?」
「はい。修道士様は、イェーガーのお家のため、私をヨハン様のお傍に仕える者、隠密の情報を使う側の人間として育てようとされているものと……」
「良く解いた。思ったより早かったではないか。やはり俺の目に狂いはなかったな。お前は俺の傍に置くのにふさわしい」
私の回答に、ヨハン様は嬉しそうに目を細めておっしゃった。かっと頬が熱くなるのを感じる。
「……ありがとうございます、身に余る光栄です」
ヨハン様はあくまで近くに置くとおっしゃっているだけ。動揺している場合ではないと自らを叱咤するためにも、冷静に堅い言葉を返す。ヨハン様はそんな私を気に留めた様子もなく続けられた。
「それで、ロベルト修道士は何故イェーガーの家に組しようとしている?」
「それが……ご領主様に、現皇帝、エーベルハルト1世の対抗馬になっていただきたいから、とのことでした」
「なんだと」
途端に眉を顰められる。
「味方であるのはわかっていたが、何故こちらにつこうとするのかわからないからこそ扱い兼ねていた。なんでそんな目的のもとに動いている?」
「申し訳ありません。そこまではお聞きできませんでした。また、エーベルハルト1世が選帝侯会議を通過していないということもご存じでしたが、その情報をどこで知ったのかという質問には口を閉ざされました」
「いや、そこまで聞けただけでも十分だ」
いつの間にか、ヨハン様の細長い指先は、テーブルを苛立たしげにコンコンと叩いていた。
「クリュニー会は世俗の権力と教会の分離を重視する修道会だ。エーベルハルト1世に対抗する話だけなら、教会の中にも派閥があるのかとも思ったが……それなら選帝侯会議の話の出所が教皇庁関係者になるはずだ」
「つまり、黙秘する意味がないということ……私の問いに答えなかったのは、別の伝手でその情報を入手されたと告白されたも同然、ということでしょうか」
「ああ。彼についての謎は増える一方だな」
「本当にそうですね……」
お互いに途方に暮れて、テーブルを叩く音だけが部屋に鳴り響く。
「もしかすると、ご実家からの情報でしょうか。ロベルト修道士様のご出身はわからないままですが、オイレさんはかなり高位の貴族のご出身と推測されていました。修道院に入られる前は、隠密を扱う立場でいらっしゃったようですし」
「その線は濃そうだな。まぁ、材料がないまま考えていても仕方がないか。他に伝えることはあるか?」
「いえ、修道士様からお聞きできたのはこれだけです」
「では下がって良いぞ。夕食が運ばれたらまた来い」
「かしこまりました」
自室に戻り、私は習ったラテン語の復習をしながら、改めて修道士様の目的についてぼんやりと考えていた。
修道士となられたとはいえ、あれだけの手腕をお持ちの方だ。選帝侯会議の件がご実家からもたらされた情報なら、ご実家は未だ修道士様の手腕を頼りたいと思っているのかもしれない。
だとすると、ご実家がどのお家なのかも自然と絞られてくるだろう。エーベルハルト1世の治世では困るお家、ということだ。すなわち、前皇帝の時代から、リッチュル辺境伯と反目していたお家など……
かたん、と音がした。
それは、この塔に入るため、梯子が掛けられた音だ。しかし、窓からはまだ日が差し込み、夕食が運ばれてくる時間にはまだ早い。どなたかヨハン様を訪ねてこられたのか。居館から何か連絡が来た可能性を考えて、息をひそめつつ、扉を眺める。
人の気配は私の部屋の前で止まった。隠密の方はご報告の際、私を連れて行くように命じられている。今の状況では、おそらくラッテさんか、もしくはオイレさんか……
しかし、廊下から声を掛けられることもなく、合図に叩かれることもなく……私が手をかけていないというのに、扉はがちゃりと鍵を鳴らし、勢いよく開け放たれた。
「やはり。ここに匿われていたのですね、ヴィオラ」
そこには、鍵束を手にしたクラウス様が立っていた。
……というわけで、予想していた方もいらっしゃいましたが(笑)、見つかってしまいましたね。
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