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 気づけば、エーベルハルト1世の治世が始まってから半年以上経つ。恐ろしい方法で帝位を奪った彼の世がどんなものになるのか、私はずっと不安に思っていたが、特に暴政について聞くことはなかった。正しい手順を踏まずして皇帝となるほど智謀に長けた彼が、得られる利益なしに無闇に血を流すはずもないということか。あるいは、この塔では自由と引き換えに、外の世界から完全に守られているので、単に私の耳に入ってこないというだけかもしれない。ただ、イェーガーのお家にも、ベルンハルト様が戦地に追いやられたということ以外は、特に攻撃がある訳でもなかった。


 おかげで、私の生活は相変わらず平穏なものだ。しかし、頭の中は気になることで埋め尽くされている。祖父のこと、父のこと、ロベルト修道士様のこと。何故修道士様が私に情報の扱い方を教えてくださったのか。疑問から逃げるように勉強にのめりこんでは、急に気が散って手がつかなくなる、その繰り返しだった。


 これではいけない、全てが中途半端になってしまう。疑問にきちんと向き合って、頭の中を整理しなければ……と思いつつも、私の頭は並行して複数のこと考えられるようにはできていない。個人的な疑問を処理しきれず、平穏な生活の中で、情緒不安定に陥っている自分が情けなかった。


 そんな中、珍しい来客があった。



「よう、久しぶりだな!」


「ラッテさん! ご無沙汰しています。今日はおひとりなんですか?」


「ああ、最近はヤープの奴も板についてきたんで、必ず連れてるってわけじゃねぇんだ。今日は一本報告入れるだけだから置いてきた」


「そうだったんですね。わざわざ寄ってくださってありがとうございます!」



 オイレさんやシュピネさんもそうだが、隠密の皆様はヨハン様の元へ向かう途中、私の部屋によって行ってくださる事が多い。ケーターさんだけは、一度もいらしたことはないけれど。



「……まぁ、通り道だからな。一緒に来るか?」


「はい!」


「はは! やっぱりヘカテーは、ヨハン様のこととなると元気がいいな!」



 そういえばこの方は、隠密の皆さんの中でも一番隠密らしくない。あまりにも普通の人然としていて、他のお三方のような()がないのだ。普段のこうした親しみやすい姿はもちろん、ヨハン様の前に出て、恭しい態度をとる時でさえも。



「ラッテさんは、潜入がご専門なんでしたっけ?」


「あん? 確かにそうだがよ、それがどうかしたか?」


「いえ……特にどうということはないのですが……」



 普通の人だから紛れ込みやすいのか、それとも潜入を続けるうちに普段から仮面をかぶるようになったのか。隠密らしくない、という表現は失礼なような気がして、私は口ごもる。すると、ラッテさんは歯を見せてニカッと笑った。



「なるほどな、ヘカテーもだいぶその辺の(・・・・)勘が冴えてきたじゃねぇか」


「え?」


「気になることがあんなら聞くからよ、後で時間くれや。とりあえず先にご報告だ」


「は、はい!」



 なぜかどことなく嬉しそうなラッテさんに連れられて、階段を上がる。小柄な人だ。それなりに筋肉質ではあるが、際立って逞しいというわけでもない。



「失礼いたします。ラッテでございます。例の刑吏(・・・・)の件でご報告を」


「入れ」



 ラッテさんが私の存在を告げなかったことに驚き、慌てて付け加える。



「ヘカテーでございます。私もよろしいでしょうか?」


「当然だ」



 入室すると、ヨハン様は私を見ておかしそうに目を細められた。



「ヘカテー、お前、まだ気づいていなかったのか」


「え? 何にでしょうか?」


「まぁいい、自分で気づけ」


「はい……?」



 ヨハン様は疑問符を浮かべる私を見て微笑を深めた後、表情を戻してラッテさんに目を向けられる。



「で、刑吏の件だったな。今のところ俺はピットという名だとしか聞いていないが、どうだった?」


「はい。死体の提供は喜んでするでしょう」


「おお! また解剖ができるな!」



 喜色に溢れる声を上げ、瞳を輝かせるヨハン様。今回のご報告は、解剖用の遺体を提供する刑吏についてのものだったようだ。この半年、解剖も全くしていなかった。ようやくヨハン様が医学に時間をさけるようになったのだと思うと、私も嬉しい。



「ただ、やはり信頼性においては少々難があります。単なる契約関係なら問題ないかと思いますが、ウリのようなわけにはいかないかと」


「やはりそうか……」



 一転して寂し気に下がる眉尻に、私は改めてヨハン様の配下に対する思いの強さを感じた。ウリさんは確かに偉業をなしたが、重大な間違いを犯したのだ。隠密であろうとなかろうと、この方の配下に、欠けて良い者など一人たりともいないのだから。

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