答えを出して
ロベルト修道士様は、結局『練習問題』の手掛かりを教えてはくださらなかった。それはきっと隠すためではなく、既に十分な情報を渡されているということなのだろう。少なくとも修道士様からは、私がきちんと考えて正解にたどり着けると考えられている。
なぜ、そんなにも私のことを買ってくださっているのだろう? 初めてお会いした時はむしろ見下されているという印象だったが、2度目にお会いして以降、お会いするたびに評価が上がっていっているのを感じる。そして、修道士様は私のことを、塔に匿われた令嬢ではなく、ヨハン様の助手として扱うようになってきている。それは嬉しいことではあるが、負いきれぬ役割を求められているようで、たまらなく不安な気持ちにさせられることでもあった。
思い返してみば、ヨハン様ご自身もそうだった。医学の手助けという点は良い。それは単なるメイドとして働いていた時も期待されていた役割であったし、薬学を学ぶようになったのは自分の意志でもある。しかし、ロベルト修道士様の観察を指示されたり、どのような人物であるか意見を求められたり……隠密にしようと思っているわけではない、とおっしゃってはいたが、医学以外でも私を使おうとなさっているのは確かだ。
もちろん、私はヨハン様のお役に立ちたい。どんな形であれ構わない。自分の出自がわかった今でも、私の意識としてはヨハン様の専属のメイドであり、この身も、目も耳も心も、ヨハン様のために使えるのであればこんなに幸せはことはないと思っている。だが、自分に求められる役割が理解できないというのは、理想通りの働きを全うできないということでもあり、もどかしかった。
もしかすると、ロベルト修道士様が私に『練習問題』を出されたのは、塔の中での自分の役割を把握せよという意味もあるのかもしれない。修道士様が何者か……そしてどのような思惑で動いていらっしゃるのかはわからないが、少なくとも私の目には、本心からヨハン様のために働こうとしていらっしゃるように思える。
そんなことに思いを巡らしながらも、答えは出ぬまま、時間だけが過ぎていく。気づけば外はすっかり暗くなっていた。
ただのメイドであったころと今の私が違うのは、いつでも自らヨハン様のお部屋に赴くことができるということ。用事があればお互いに部屋まで声を掛けに行く。これは私がこの塔に戻ってきた時からの約束事だ。私の存在を隠すために、ベルが使えなくなったという理由からだが、ヨハン様はそこにさりげなく、お互いにという条件を付けてくださった。その時からヨハン様は私の役割について、何かお考えがあったのかもしれない。
ほの暗い階段を上がって4階に行き、紋章の飾られた扉を叩く。常に鍵の掛けられることのない扉。
「ヨハン様、夜分に失礼いたします。ヘカテーでございます。ロベルト修道士様のことで、少しお話をよろしいでしょうか」
「ああ、入れ」
勝手入ろうと思えば入れるそれの前で立ち止まり、声を掛けて入室の許可を仰ぐことは、塔の主への敬意を表す儀式のようなものだ。ヨハン様が入室を断ったことは一度もない。
「今日は教えを乞う日だったな。彼について、何かわかったのか?」
「はい。わかったというよりも、修道士様からの伝言に近いのですが……」
私は、修道士様に家族への複雑な思いについて相談したこと、それに応えるために修道士様が情報の扱い方について教えてくださったこと、隠密という言葉を使われたこと……そして、私にそれを教えた理由について語られたことをお話した。できるだけ淡々と、感情を排して事実のみをお伝えするように心がけながら。
ヨハン様は私の報告を聞くにつれ、次第にその頬をほころばせていった。
「なるほどな。ヘカテー、良い報告だったぞ」
「ありがとうございます。しかし、申し訳ありません。出された問題について私はまだ答えを出せておらず……考えるうちに、こんな時間になってしまいました。もっと早くにご報告できればよかったのですが」
「構わん。別にロベルト修道士については、喫緊に調べているわけでもないしな。それに、おかげで彼をどう扱うべきかわかった」
「え、そうなのですか?」
「その練習問題については、時間をかけて良いから自分で考えろ。俺に言えることは、今後は彼をきちんと仲間として扱うということだけだ」
どうやらヨハン様は簡単にこの問題を解いてしまわれたらしい。ああ、私も早く答えを出して、前に進まなければ。




