それでは足りない
「極限まで無駄を省かれた状態で届く、ですか? 情報は多ければ多いほど良いような気がいたしますが、違うのですか?」
ロベルト修道士様のおっしゃる『情報』とは、ただの情報のことではない。きっと、隠密の方々からヨハン様のもとに届く情報のことを指している。私が塔の外のこと、それも自分の出自についてという、対立する貴族のお家に関わることを知る手段など、それしかないのだから。
「もちろん、情報の量は多いほどよいでしょう。しかし、特定の人物に対する固定観念は論理的な思考の邪魔になります。情報戦においては、その人となりよりも『何を目的に動いているか』から導き出したほうが、正解を得やすい。故に、優秀な配下というものは、情報に交じる雑音を取り除いて報告するのです。判断を下すのはあくまで主であって、自分ではありませんから」
「申し訳ありません、私にはよくわかりません……」
「そうですね……例えば、役人が有力な商人から金を受け取っているところを見たとしましょう。役人が金を巻き上げていた、というのも、商人が役人に取り入っていた、というのも適切な報告ではありません。何日にどこで、商人から役人へ額面はいくらの受け渡しがあった、と、詳細な事実のみを告げる。私見や推測を述べるなら、何日前の商人の行動からしてどれそれを目的としていると思われる、などと感情を排して論理的に導き出した結果のみを告げる」
修道士様の説明は私にとって非常にわかりやすかった。その告げ方は、オイレさんやラッテさんの報告そのものだ。彼らはいつも、ヨハン様の前で勝手な感想を述べることはない。
「なるほど……すると、人物に対する評価は感情と結びつきがちなので、主のもとまでは上がってこないのですね」
「ええ。もちろん、どういった人々の間ではこのように評価されている、という『情報』であれば別ですが。そして、ヨハン様のお立場を考えれば、周囲には優秀な駒のみを置いているはず。そして、あなたが手にするご家族の情報は、ヨハン様を通して聞かされた、配下の隠密たちがもたらしたものでしょう?」
「えっと……」
私が答えに窮して押し黙ると、修道士様は拍手をした。
「素晴らしい、私の誘導にも釣られなくなってきましたね。あなたは優秀です。記憶力が良く、論理的な思考に長け、流されることのない芯の強さをお持ちだ。演技が下手で迂闊なところはありますが、それは舌戦を必要としない場に置けばよいだけのこと」
「あ、ありがとうございます……?」
急に褒められ、さらにどんな場に置けばよい、という話をされて、訳が分からず固まっていると、さりげなく話が戻される。
「さて、あなたのお悩みはご家族のお話でしたが……もう、おわかりですね?」
「は、はい。つまり、私が家族のことを恐ろしい人物のように感じてしまい、違和感を持ったのは、私が与えられた情報からうまく人物像を浮かび上がらせることができなかったから、ということですよね」
「ご名答。彼らが何故、どんな目的で動いているかを考えれば、きっと別の姿を浮かび上がらせることができるでしょう」
「ありがとうございます。とはいえ、本当に恐ろしい人たちである可能性もありますよね……ある程度、覚悟はしていますが」
情報の扱い方を伺って、頭では納得できた。しかし、未だヨハン様のお話から受ける印象はぬぐえず、悩みが消えたわけではない。そんな私を諭すように、修道士様はゆっくりとお話になった。
「ヘカテーさん、正しく物事をはこぶには、論理的思考が大切ですが、最終的に『感覚』を無視してはいけません。もし導き出した答えに違和感があるのなら、出発点に立ち返りなさい。あなたは論理的に考えるということがきちんとできる人です。途中経過よりも出発点が間違っている可能性が高い」
「出発点ですか」
「ええ。すなわち、今回のお悩みの件であれば、彼らがなぜその行動をしたのか、という前提です。そこをしっかりと推し量れていないなら、情報が足りていないということ」
「あの……どうしてこんなことを教えてくださったのですか? 修道士様はご自身の過去をお隠しのようですが……今してくださったようなお話は、隠密の方々と関わるような過去があったと、告白されているようなものではありませんか」
私の問いに、修道士様は再び微笑みを浮かべられた。何かを懐かしむような、温かい眼差し。いつも無表情を崩さない修道士様が、今日は2度も微笑みを浮かべられることに驚きを隠せない。
「理由の一つは、ヨハン様の信頼が欲しいからです」
「ヨハン様の信頼ですか? それが今のお話とどう繋がるのでしょうか……」
「今したお話は、あなたから必ずヨハン様に伝わるでしょう? それを承知の上でお話しすることで、誠意を示すことができます」
「そういうことですか。しかし、別の理由もおありなのですね?」
「そうですね、理由は二つあります。もう一つの理由は、練習問題にしましょうか。ヘカテーさん、考えてみてください」
「ええっ!?」
急に出された難題に、思わず私は声を上げた。
「……情報が足りません!」
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