敵を同じくするものならば
「ははは! ……まぁ、この1年は誕生日も祝えないほど色々あったわけだが、この先のことをしっかり考えていかなくてはいけないな」
私の言葉に笑い声で応えたヨハン様は、さりげなく話を元に戻された。席に戻り、再びワインを一口。その眼差しから先ほどまでの憂いは消えている。
「新しい皇帝が立った今、次なる一手として……俺は、ティッセン宮中伯と組もうと思っている」
「ティッセン宮中伯でございますか!?」
私は思わず鸚鵡返しにした。ティッセン宮中伯といえば私の母の夫。直接血のつながりがあるわけでこそないが、私にとっては最も興味をひかれる貴族の一人だ。
「ああ。もはや宮廷内の旧来の党派は関係なくなった。エーベルハルト1世の横暴を抑えるための、新しく強い勢力を作る上で、もっとも安全、かつ力強い協力関係を作ることができるのは、同じ皇党派を二分していたもう片方。つまりティッセン宮中伯だ」
「言われてみればおっしゃる通りですね……そういえば、同じ皇党派内で、どのような意見の相違があったのですか?」
「意見の相違自体は色々あるんだが……大まかにいえば、最大の違いは皇帝の存在の大きさだな。イェーガーは皇帝を中心とした議会を重視するが、ティッセンは神の代行者として、皇帝そのものを重視する」
「そういうことだったのですね! ……しかし、それでは手を組むのは難しいのではないでしょうか? 皇帝そのものを重視するなら新しい皇帝にも従うでしょうし、神の代行者という点では、エーベルハルト1世は教皇から戴冠し、帝国を収める権限を移譲されていますし……」
「確かに、普通に考えたらそう思うだろうな。だが、裏を返せばティッセンは、皇帝の定義に厳しいとも言えるのさ。教皇を騙して皇位を奪った、という方向に持っていけば、連携はたやすい。証人のいない秘密裏の戴冠式をエーベルハルト1世が了承したのは、反論を封じるために使えるからだったのだろうが……ここへきて、それがこちらの手札になる」
「自分の策に溺れるのですね、エーベルハルト1世は。皇帝といえども、皇党派の両巨頭が連携して抑え込めば、勝手な真似はできないと……」
そこまで言いかけると、ヨハン様は久しぶりに恐い笑みを浮かべられた。
「いや、抑えつけるのではない、最終的には冠を取り上げてやる」
「えっ!? ですが、それでは空位となってしまいます……ティッセン宮中伯もさすがに了承しないのではありませんか? 都合の悪い皇帝でも、いないよりは良いと思われてしまいそうですが……」
「簡単なことだ。首を切るのではなく、挿げ替えればいい。俺は、まずはティッセン宮中伯と共に宮廷の新しい体制を整えた後、エーベルハルト1世の時には行われなかった選帝侯会議を以て、父上を皇帝に選出させるつもりだ」
「ご領主様を、帝位に!?」
「ああ……だからこそ数年の月日が必要なのだ。我が帝国の選帝侯たちに、玉座に座るべきはイェーガー方伯しかいないと思わせなければならないからな」
「さようでございましたか……政治の世界は、やはり難しいです……」
こんな命懸けの駆け引きだらけの世界で、ヨハン様は12歳から戦っていらっしゃるのだ。私はヨハン様と自分とを隔絶する高い壁を感じざるを得なかった。
「ティッセン宮中伯も、やはり相当な聡明さの持ち主なのですか? 皇党派の柱の一つとなるということは」
「いや、正直言って、宮中伯自身は際立って優秀というわけではない。人当たりが良く社交的で、情報収集に長けてはいるが……可もなく不可もなく、危機を避けて立ち回るだけ、といったところだ。まぁ、先代は相当なやり手だったらしいが」
「えっ!? そ、そうなのですか……」
「宮廷は家の強さも影響するからな、当然、本人の才覚に見合わぬ地位にいる者も、偶には出てくるものだ。そんなに意外か?」
「いえ……身内の私が言うのも変な話ですが、父が一心に忠誠を誓うほどの方ですから、どんな大人物だろうかと勝手に思っておりました……」
そう、私が生まれる前の父は下級騎士であり、別に複数の主と契約をかわすことを制限される立場ではなかった。それでも、ケーターさんのお話によれば、他の領主と契約する気はないと言い切っていたという。
私の父は優秀だ。あの気難しいケーターさんを心酔させ、武芸にも教養にも秀でていて……なにより私の存在を隠し通したその手腕は、ヨハン様が舌を巻いたほどだ。父と過ごした14年間、私は情けない姿を一度も目にしたことがない。私にとって父は、最愛の親であると同時に、非の打ちどころのない超人のような存在なのである。
そんなことを考えていると、ヨハン様は訝しげに目を細められた。
「ヘカテー、お前の父親が忠誠を誓ったというのは、本当にティッセン宮中伯だと思うか?」
「どういうことでしょうか?」
「そのままの意味だ。忠誠というものは、そう簡単に捧げられるものではない。ケーターも言っていたが、ティッセン宮中伯は人を心酔させるほどの何かを持っているわけではないし、それ以上に俺には、お前の父ほどの人物が、一度忠誠を誓った相手を裏切るとは思えんのだ。だとしたら、お前の父の忠誠は、最初から別の人物に向けられていたと考えるほうが妥当ではないか?」
「確かに……そうですね。しかし、一体誰に?」
そう、私の存在は宮中伯夫人の罪の証であるとともに、父の裏切りの証でもある。気高く、騎士道精神に溢れていたはずの父が、どうして主君の妻を奪うなどという真似をしてしまったのか。そこには違和感しかない。
「まぁ、憶測でものを言っても仕方がない。もう夜も更けた。そろそろ休め」
「は、はい……おやすみなさいませ」




