表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/340

少年は生きる

ブックマーク・評価、誤字報告、そしてご感想を本当にありがとうございます! 何よりも糧になります!

「ねーちゃん! おはよう!」


「あれ、ヤープ?」



 翌日、ラッテさんに連れられたヤープが私のもと(・・・・)を訪ねてきた。



「突然悪いな、こいつがどうしても会いたいって聞かねぇもんでよ……ヨハン様がお忙しい今じゃ、ヘカテーも気分転換になるかと思って、結局連れてきた」


「いえいえ、私もずっと一人きりではさみしかったので、嬉しいですよ!」


「ありがとな。んじゃ、俺は()に行ってくるから二人で話しててくれや」



 部屋に私とヤープだけが残される。ヤープはちょっとばつが悪そうな顔をして下を向いていたが、話を切り出すのをしばらく待っていると、やがてこっちを向いて話し出した。



「あのさ……あのあと、母ちゃんに話しにいったんだ。父ちゃんのこと」


「……そっか」



 母親に、父親の死を告げる。それはどれだけ辛いことだっただろうか。掛けるべき言葉が見つからなかった。



「そしたらさ……母ちゃん、帝都に向かうと決まった時から、なんとなくそうなる気がしてたんだって」


「え……そう、だったんだ……」



 ヤープのお母さん、つまりウリさんの奥さんのことを、私はよく知らない。とはいえ、忌み嫌われる刑吏の妻となるのは、刑吏の娘か、身を持ち崩した娼婦か、下手をすれば犯罪者ぐらいのもの。きっと社会の闇の中に生きてきた人だ。辛酸を舐めてきたが故に、長年連れ添った夫に死の影を感じ取ることもあったのかもしれない。



「だから、おれ、わかってたならなんで送り出したんだって聞いたんだよ……そしたら、母ちゃん、泣きながら笑って言ったんだ。『あの人は、やっとあの人なりの幸せを見つけられたんだねぇ。あたしじゃ、あの人を救ってはあげられなかったんだ。あたしらは悲しみで繋がっていたもんだから』って……母ちゃんにそう言われて、おれ、やっとわかったんだ。父ちゃんは今まで、生きてなかったんだよ」



 ヤープはぎゅっとこぶしを握り、それを震わせながら、堰を切ったように話し出した。



「おれ、ずっと自分の家が貧乏だと思ってたんだ。家族全員服は汚いし、父ちゃんはいつも、自分はほとんど食わないで、俺にばっかり食べさせるし。でも、そうじゃなかった。この先、母ちゃんひとりなら食ってけるぐらい蓄えはあった。身なりが貧しいのは、街の人に目を付けられないためで、父ちゃんが食わないのは、人殺しの後じゃ食う気にならないだけだった」


「そうだったんだ……」



 確かに、ウリさんは一番人気の刑吏だった。刑吏は社会的に蔑まれるというだけで、別に給料は低いわけではない。仕事の量が多ければ実入りがいいのは当然だ。



「報告聞いてから、ずっと辛くて、哀しくて、イライラしてた。父ちゃんが死んだのはおれのせいだと思って……おれが、ラッテさんのうまい話(・・・・)に乗っかって、隠密見習いなんかにならなかったら、父ちゃんが死ぬこともなかったんじゃないかって。でも、母ちゃんと話して分かったんだ。ヨハン様の配下になって、オイレさんがしょっちゅううちに来るようになってから、父ちゃんやっと生き始めた(・・・・・)んだよ」



 ヤープは紙の束を取り出す。書かれているのはすべて解剖や医学についてのことだった。



「見てよ、これ。全部父ちゃんが書いたんだ。人間の身体について知ってることをこんなにさ。あんなガリガリになるくらい、処刑も拷問も嫌がってたくせに、自分でまとめて母ちゃんに預けてたんだ」


「ウリさん……」



 お世辞にも綺麗とは言えない字だが、その分丁寧にまとめられている。少しでもヨハン様の助けになるように、心を込めて一生懸命書いたのだろう。



「だから、ねーちゃん、ありがとう。おれをヨハン様に会わせてくれて、父ちゃんもそうなるきっかけを作ってくれて、本当にありがとう!」


「お礼を言うならラッテさんじゃないの?」


「ラッテさんもそうだけど……ヨハン様がおれを迎え入れたのは、ねーちゃんが毎回おれと話してるのを上から見てたからだと思う。ヨハン様、簡単に人のこと信用しないだろ?」


「……そうだね。私も、ヤープと会えてよかった」



 実をいうと私は、ヤープが過酷な境遇に生まれながらも、こんなにも素直で明るく、優しい子に育ったことを、今まで少し疑問に思っていた。


 でも、今の話を聞いて思う。市民とかかわりをほとんど持たず、虐げられるのが当たり前のヤープにとって、家族とは何よりも濃い唯一の絆だったはずだ。ヤープの明るさは、ご両親の願いだったのだろう。互いに寄り掛かりあうことで悲しみを耐え、幸せを望みながらも求めることを諦めていたウリさんと奥さんはきっと、息子はそうならないよう……自立して、人生をやり過ごす(・・・・・)のではなく生きて(・・・)欲しいと願ったのだ。



「ねーちゃん、おれ、立派な隠密になる。今はなんのお礼もできないけど……ラッテさんやオイレさんと一緒に、ヨハン様とねーちゃんのこと、しっかり守るから!」



 ふと、そういうヤープの顔が、いつの間にか自分と同じ高さにあることに気づいた。



「ありがとう。改めてよろしくね」

すみません、ちょっとしたトラブルで、次回(7/15 0:00)の更新は急遽お休みとさせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] 子の成長はあっという間で、子供と大人の狭間の期間をうまく捉えたお話でした。素敵な物語をありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ