新たな師
「ど、どうしてそんなことがおわかりになるんですか……!?」
「ほら、言ったそばから。修道士である私が偽りを勧めるのもなんですが……ご自身の身を守るために、こういう時も否定なさった方がいい」
「あ……」
言われてみれば、カマをかけられて、そうだと肯定してしまったようなものだった。思わず両手で口を押さえると、ロベルト修道士様は面倒くさそうに、はぁ、と長い溜息を吐いて、説明してくださった。
「ヨハン様からあなたについてのご紹介はほとんどなく、教えられたのは偽名のみでした。扱われ方からして明らかに使用人ではない女性ですが、イェーガー方伯のご息女がヨハン様と一緒に幽閉されているのなら、その旨ご説明いただけるはずです。しかし、言葉遣いや礼儀などは貴族のご令嬢のような振舞いでありながら、風貌からして異国の血が混じっている。この時点で、婚外子の可能性を疑います」
「では、具体的な名前まで出されたのは……」
「私は聖堂参事会同盟の発足の時にもこき使われましてね。エアハルト大司教や、その周辺の方々の情報も耳にしていたのです。そして、ティッセン宮中伯夫人の婚外子が匿われているのではないかと、私の属する修道院に問い合わせが来たこともありました。クリュニー会は世俗の権力に屈しないことを信条としていますので、追い返したようですが……」
そういえば、ケーターさんは私たちから追手を引きはがすため、父と私は南方に逃げたとの噂を流したと言っていた。イタリア方面に捜索が入ったのはきっとそのせいだろう。
「その時に、私の特徴について情報が入っていたということですね」
「ええ、父親と目される男はギリシアの血の入った下級騎士であり、そのまた父親は博学さを買われ遍歴商人から拾われた身であるとの話も聞いておりました。そしてあなたは、血筋はギリシアが混ざっているが、生まれも育ちも帝国、更に遍歴商人の祖父上がいるとおっしゃった……ここまでの一致が偶然で起こることは考えにくいでしょう。それに、よく考えればティッセン宮中伯夫人はホーネッカー宮中伯の妹君。ホーネッカーのお家と親しいイェーガーのお家で匿われているのも納得がいきます」
ラッテさんが連れてきたということで、安心しきっていた。よく考えれば、修道士様は神のみにお仕えするお方、招かれたからといってヨハン様の配下になったわけではない。しかし、ドゥルカマーラ役も演じられるということなので、仲間といってよいと思うのだが、違うのだろうか。
「……ロベルト修道士様は、私のことをエアハルト大司教にお伝えになりますか?」
「いいえ? 大司教にそんな義理はありません」
「では、良いのではないでしょうか……これから薬学やラテン語を教えていただく、私の師となるお方な訳ですし……」
「それは結果論でしょう? ヨハン様が私にあなたの身の上を説明されていたのなら構いません。しかし、偽名しか教えてくださらなかったということは、私はまだあの方の信用を得てはいないということです。そのような者に対して、軽率に身の上をお話になりませんよう。あなただけでなく、多くのお家を巻き込むことになるのですから」
「ご警告、ありがとうございます」
やはり、貴族社会の駆け引きというのは難しい。何も知らずに商人の娘として生きていたころにはもう戻れないのだなと、改めて思う。
「私の存在自体が、夫人の罪の証ですものね。私は本来、存在してはいけない……」
自分の立場の難しさを思ってそこまで口にしたとき、ロベルト修道士様は馬鹿にしたように、ふん、と鼻を鳴らされた。
「何をおっしゃるのです。存在してはいけないものなど、主はお創りになりません。夫人の罪は夫人の罪、あなたが生きていることとは何の関係もありませんよ。被造物の分際で自分の存在を否定するなど、傲慢も甚だしい」
「え……」
「婚外子の存在が明らかになろうが、別にその子に家督を継がせなければよいだけのこと。どうして貴族の皆さんは、やたらに物事を複雑化したがるんでしょうね」
「た、確かにおっしゃる通りですね」
私が同意すると、彫りの深い両目がぎょろりと動き、私を見た。
「さて、私は当面あなたの教師をやるとのことですが……ラテン語と薬学でしたね。習熟度はどのくらいなのですか?」
「薬学は半年ほど前から学び始めたところで、ラテン語は全く手つかずです」
「ふむ。では、薬学について、何を教わりたいのか、まとめてありますか?」
「え? いえ……」
「ならば、今日はもうお話しすることはありませんね。次に私が来る時までに、疑問に思っていることをきちんとまとめておいてください」
「は、はい!」
「それでは失礼いたします。お部屋のご案内、ありがとうございました」
呆然と立ち尽くす私に背を向けて、ロベルト修道士様は部屋を後にすると、するすると梯子を下りて塔を出て行ってしまわれた。どうやら私の新たな師は、かなり厳しいお人のようだ。気合いを入れて教わる準備をしよう。




