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殉教者に想う

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 重い沈黙ののち、ヨハン様は静かに溜息を吐いて、ラッテさんの方を見やった。



「ラッテ、ロベルト修道士はどこの所属だ?」


「クリュニー会でございます」


「そうか。では奇跡物語はお手の物だな。ウリの演説を聞いた者たちが独自の天使信仰に流れ、それが教会から異端と見做されると厄介だ。民衆の教化については、ロベルト修道士にも協力を仰ごう」



 初めて聞くお名前だ。隠密の中には修道士様もいらっしゃるのだろうか。



「あの……失礼ながら、ロベルト修道士様とは一体どのようなお方でしょうか?」


「ああ、ヘカテーにはまだ伝えていなかったな。ラッテがドゥルカマーラ役としてローマから連れ帰った者だ。教会に睨まれる役回りに修道士を選ぶとは面食らったが、ラッテの見極めが間違ったことはない。まぁ今はこんな状況だ、俺自身は医学どころではないが、市井にはずいぶん前からドゥルカマーラ学派なるものもできている。いつ本人(・・)が必要になるかわからないからな」


「さようでございましたか。修道士様が味方になるのは心強いですね」


「そうだな。聖堂参事会で仕事をしていたというから、張りぼての俳優としてではなく、情報面でも期待している。それに、お前の家庭教師役にもちょうどいい」


「私の、ですか!?」



 思わぬ流れに私が動揺すると、ヨハン様はようやくほんの少し頬を緩ませられた。



「修道士といえば薬草だ。お前が薬学を学ぶ助けになるだろう。それに、ギリシア語だけでなくラテン語もある程度はわかっていたほうが良い。定期的にこの塔に来させるから、手の空いている時に教えてもらえ」


「ありがとうございます」


「実は、俺もまだ顔を合わせていないんだ。ラッテ、近いうちに塔に呼べるか?」


「はい。彼は今特に仕事がなく、祈りの日々を過ごしておりますので、いつでも来てくれるでしょう」


「では明日……は、降誕祭だな。明後日来させろ。今日のところは以上だ、皆下がってよいぞ」


「はっ」



 隠密の皆様が部屋を出るのについていこうとした時、ふと背中に視線を感じ、振り返った。ヨハン様が少し伏し目がちに私のことを見つめている。



「あの……なにかご用でしょうか?」


「ヘカテー、ロベルト修道士に会ったら、ウリのために祈るよう、頼んでもらえないか?」


「それはもちろん構いませんが、ヨハン様もお会いになるのではないのですか?」


「会いはするが、俺には頼む資格がない……俺はウリの心を捻じ曲げてしまった」


「え?」


「俺は、刑吏の知識について教えを乞うた時のたった一度しか、奴のことを知らない。何度も話には聞いていたから、知っているような気分になっていたが、ウリについての情報はすべてが他の隠密からのまた聞きだ。ヤープは……ウリの実の息子は、人前で演説するような人間ではないといっていた……それに、一番かかわりの深かったオイレも同意していた。おそらく、本来は隠者のような性格だったんだろう。処刑台で観衆を扇動するような奴ではなかったはずだ」


「それは……」



 ヨハン様はきっと、ご自分に会わなければ、ウリさんが死ぬことはなかったのではないかとおっしゃりたいのだろう。



「私も、ウリさんには一度しかお会いしたことがないので、その性格については何とも言えません。しかし、私には、情熱的なものを持っている方に見えました。そしてあの日、帰り際に、親子ともヨハン様に会えたことを感謝していました……もし私なら、自分が誰かのために死んだとして、そのことを相手に悔やんでほしくはありません。本人に伝えず、勝手にとった行動なら猶更です」



 結局こうして生きているものの、私も以前、ヨハン様のことを思ってとった行動の結果、自ら死を選ぼうとしたことがある。その時、ヨハン様に自分を助けられなかったことを後悔してほしいという考えは、頭をよぎりすらしなかった。むしろ、魂の抜けた身体を、解剖に使って医学に役立てていただきたいとすら思ったのだ。今思えば、我ながら身勝手な考えではあるが。


 ヨハン様は心を捻じ曲げたとおっしゃるが、私はウリさんにとって、ヨハン様との出会いは救済であったと思う。その気持ちは、きっと誰よりも深い敬愛であり……信仰に近いものにまで昇華されていったのだ。殉教者たちがイエス様のためにその身を犠牲にしたように、彼は心の底から喜んでその命を投げ出したことだろう。



「一方的な献身はご迷惑かとは思いますが……もしウリさんのことを大切に思うのなら、その死を感謝して受け取っていただければ、彼も喜ぶと思います。修道士様へのお願いはご自身でなさってくださいませ」


「ふん、そうか……わかった。引き留めて悪かったな」


「いえ、とんでもないことでございます。おやすみなさいませ」



 少し出過ぎたことを言ってしまっただろうかと思いつつ、私は部屋を辞す。明後日は修道士様にお会いする。その人生を祈りに捧げているお方に、ヨハン様とウリさんの気持ちは、それぞれそのように映るのだろうか。心の鎮め方や、魂の慰め方は、聖書から読み解けるものなのだろうか。

> クリュニー会

中世に存在した修道会の一つで、民衆の教化に力を入れていました

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