無垢な者ばかりが
奇しくもその翌日の夜、ラッテさんが帰ってきた。私は聞かされていなかったが、シュピネさんとケーターさんが帝都に着く少し前に、帝都に潜入中の部下のもとに寄っており、二人と合流して一緒に捜査を行っていたのだそうだ。そのため、シュピネさんから来ていた第1報には、ラッテさんがローマで収集した情報の報告も含まれていた。
シュピネさんたちは引き続き帝都で情報収集を続けており、ラッテさんは帝都である程度掴んだ情報を早くヨハン様にお届けするため、先に帰ってきたのだという。経緯報告を聞くためにオイレさんも呼ばれ、緊急会議となった。
「帝都にて、アウエルバッハ伯がマジャル人との交渉に動いているとの裏付けはとれました。また、併せて前エーレンベルク公夫人の周囲についても調査を行ったところ、夫人は火刑となる前に何者かに殺されていました。実家であるメルダース宮中伯が、温情から配下の隠密に手を下させたものと思われます。そして、ヨハン様のご予測の通り、陛下……ディートリヒ3世にも異端の疑いがかけられました。しかし、彼はそれを認めていません。公には一時的な幽閉となっていましたが、口頭での審問で否認を続けた結果、審問方法は秘密裏に拷問へと移されたそうです」
「そうか。クロアチアの連合軍編入は十字軍遠征に対する最大の切り札、どんな手を使っても異端と認めさせたいということだろうが……否認を続けたままの拷問死ではディートリヒ3世の名誉が保たれる。自らの帝位を盤石なものとするには、皇帝僭称の廉のみであっても公開処刑を優先するだろうな」
ヨハン様の言葉に、オイレさんが頷く。
「ウリがレーレハウゼンを出発したのが先月の22日です。いつまでに異端と認めなければ皇位僭称のみで処刑を行う、といった刻限は用意されていたと考えてよいでしょう。あいつの足では帝都まで20日ほどかかるでしょうから、余裕を持って出ているだろうことを考えると、ちょうど今頃がその刻限かもしれません」
「少なくとも当初の計画ではそうだったと、私も思います。ただ、今回はヨハン様の機転により、緊急議会の招集が行われています。予定は後倒しになっている可能性が高いでしょう。大雑把に見積もって、招集された議会に1週間、その後選帝侯会議に1週間とすると、処刑は3~4週間後ぐらいではないでしょうか」
「そうだな。後付けとはいえ、流石にこの事態では選帝侯会議がそんなに早く進むとは思えんが……もう、エーベルハルト1世を皇帝として戴く事に関して、できることは何もなくなってしまった。ここから先は方針を切り替える。彼を謀反で告発しようとした父上が次なる標的となってしまわないよう、父上を徹底的に守ろう。幸い、宮廷で一番の頭脳と名高いイェーガー方伯を追い詰めれば、手痛いしっぺ返しがあることくらいは奴もわかっているだろうが……異端審問の件で、かなりの無理も押し通せることが証明されてしまっているから、決して油断することはできない」
「かしこまりました」
「それからラッテ、前回の報告書では戴冠式についての公式発表はなかったとのことだが……どういうことだ?」
「はい。誰も招かれることのない異例の戴冠式であったようです。戴冠されたこと自体は間違いなく、シュピネの得た情報ではすでに各国へ通達もされているとのことでしたが……」
「なるほど。奴は教皇庁を利用しようとしているが、教会から見た奴もまた駒に過ぎんということだな」
ヨハン様は少しだけ安心したようだった。
「オイレ、お前なら帝都まで2週間でつけるな?」
「はい、もちろんでございます」
「では処刑後のウリを回収するとともに、シュピネたちと合流しろ。合流したらそのまま4人で帰ってこい」
「かしこまりました。しかし、なぜ2週間なのですか?」
「選帝侯会議は行われないからさ。誰も招かれることのない戴冠式、それはつまり、証人のいない、いつでも覆せる仮の冠だ。父上なら気づかれる。他の諸侯と手を組む時間もあるはずだ」
「なるほど、ありがとうございます。では急ぎ帝都へ向かいます」
その後しばらく話した後、オイレさんとラッテさんは下がり、部屋にはヨハン様と私だけが残された。
「それにしても、ディートリヒ3世に前エーレンベルク公夫人、前エーレンベルク公の執事……戴冠式からほんのひと月で、3人もの命が奪われるだなんて……」
思わず私がこぼすと、ヨハン様は何を思ってか、くくく、と声を出して笑い……遠くを睨みつけながらおっしゃったのだ。
「ふん、待っていろ、エーベルハルト。その血に濡れた冠、必ずや時期を見て取り上げてやる」




