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望みの褒美

ウリ視点です。

 白昼、妻も息子も出払った静寂の中、扉に近づいてくる気配があった。人など寄り付かない刑吏の家に、なんでだかやたらと入り浸ろうとする無法者のことを思い、俺は少しだけ頬を緩める。その名前に反して、梟のような静謐さは全くない。



「やぁウリ、今なら一人だよねぇ?」


「おう、あんたさんが来るのを今か今かと待ち構えとったよ、騒々しいの」


「えぇ!? 珍しいねぇ、嬉しいけど、何かあったぁ?」


「先にそっちの用件を聞こうか。解剖かい?」


「いや、今はそれどころじゃないんだぁ。ちょっと調べてることがあるんだけど、君の周りを探るのが一番早そうだったから、個人的に来ただけ」


「じゃあお互い、目的は似たようなもんかね」



 俺がそういって壁際を指差すと、いつも子供っぽさの仮面を被っている奴の目つきが隠密のものへと変わる。壁際に立てかけているのは美しい彫刻を施された、ひと目で一級の上物とわかる斧。数日前に市庁舎で貰い受けたものだ。



「普通の斧じゃないね。貰い物?」


「そうとも。手に取って、刃を触ってみな」



 奴は注意深く斧を手に取ると、刃の上の方からそっと指でなぞっていく。途中までは何事もなく、上から4分の1ほどまでいったところで突っかかって、ぷつ、と指先に小さな穴が開いた。そこで手が離れ、吊り上がる赤い眉。やはり理解したか。優秀なもんだね。



「わざわざ今回の処刑用に用意したんだとよ。連中、高貴な方の最期に似合う美しい斧としか言ってなかったが、潰した刃の方が本題なんだろうな。1回で切れずに何度も何度も振り下ろす、その血飛沫と断末魔とくりゃ、見物する側に取っちゃいい娯楽(・・・・)ってとこかね。誰だか知らんが、いい趣味してやがる」


「その話、誰にもしてない?」


「もちろんさね。あんたさんが家の中まで入って来たってことは、今は周りに誰も張り付いちゃいない(・・・・・・・・・)んだろ?」


「うん……じゃあ、君が僕が来るのを待ってたっていうのは……」


「今の話をするためと、ご褒美の件だ」



 あの日、初めてあのお方と会った日。帰りがけに俺は好きな褒美を言えと言われた。やはり何でもお見通しという話は本当だったようで、俺に刑吏をやめさせて正式な隠密に、という話の流れだったので辞退した。何より欲しい……喉から手が出るほど欲しい褒美ではあったが、有名になりすぎた俺が今更身を隠しきれるとも思えないし、妻と子供のことを考えると、賭けに出る勇気が出なかった。


 もし、その場でご褒美を受け取っていれば、今回の依頼を受けずに済んだんだろう。代わりに、危険人物についての情報をお渡しすることはできなくなっていた。どっちがいいのか、わからねぇもんだよ。


 エアハルト大司教とやらの使いが来た時、真っ先に恐れたのは、処刑の対象がご領主様なんじゃないかっていうことだった。情報を伝えて帰ってきた息子の様子で、そうではないということはわかったが……ほっとすることはできない。わざわざ北方まで見栄えのする刑吏を探しに来るってことはつまり、処刑台に断つのは皇帝だろう。となれば、ここから始まるのは暗黒の時代、あのお方が忙しくなるのも頷ける。


 何しろ、渡された斧一つ見ただけで、処刑を行おうとしている人間の醜悪さが知れた。生まれたときからドブの中で生きてきた俺が今更どうこう言うのもおこがましいが……塔の中で初めて『真に上に立つべき人間』というのに出会ってみると、今の俺はこういう手合いの駒として使い捨てられるのは我慢できねぇ。



「つまり、よく切れる美しい斧が欲しいんだね? でもそれじゃあ、君の欲しいものとは違う気がするけど」


「だったら、あのお方にまたお会いしたいね」


「無欲だなぁ。そんなこと言ったら何度でも呼び出されるよ、ヨハン様の方が君の知識を望んでいらっしゃるんだから……まぁ、わかった。斧は用意するねぇ。いつまでに?」


「3日後には出発したほうがよさそうだ。あと、『愛の妙薬』とやらも一つ頼むよ」


「あの薬を? 奥さんにでもあげるの?」


「いや、俺が使うんだよ」



 処刑台で行うちょっとした計画のことを考えて、思わず歯を見せて笑う俺を、奴は不気味そうに見つめている。



「あんたさん、前に言ってたろう? 刑吏も娯楽提供者(エンターテイナー)だって。俺にとっちゃ一世一代の大舞台だ。どうせやるなら派手にかましてやりてぇのさ」


「そういうことか、じゃあ頼んでおくよぉ。どうせならついでに、僕が前に使ってた衣装でもあげようか?」


「それも、向こうさんが用意してる。純白に金糸で刺繍が入った、やたらに仰々しいやつをもらったよ。さて、そろそろ息子が帰ってくる頃だ。連れてくかい?」


「いや、少なくとも君が発つまではここにいてもらうことになると思うよ。僕も時々見に来るねぇ」


「そうかい。息子を頼むぜ」



 俺の言葉に、再び眉が胡乱(うろん)げに吊り上がった。



「ねぇウリ、ヤープに刑吏を継がせる気はないって話だったけど、どうするつもりだったの? 刑吏の息子は刑吏にしかなれないじゃない」


「まぁ、裏技がないでもないんだが、皮剥ぎで一生食わせるつもりだった。誰に似たんだか、甘ったれに育っちまってね。ありゃ、刑吏なんかにしたらひと月で壊れる。だから小さいうちから叩き込んで、既に皮剥ぎの腕は一流にしてあるのさ……あんたさんらに拾ってもらって、その腕は無駄になりそうだがね」


「刑吏はダメなのに、皮剥ぎはいいの?」


「……死んだ動物の皮を剥ぐのと、生きた人間の皮を剥ぐのとじゃ、雲泥の差なんだよ」


「なるほど、誰に似たかは明白みたいだねぇ」


「くだらねぇ話してないで、とっとと帰んな」

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