表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/340

天の采配

 そして翌日の夜。ヨハン様のお部屋に再び隠密の皆さんが集まった。ヤープの報告を受けたときにその場にいた流れからか、昨日に引き続き私も同席を許されている。ヨハン様の表情は硬く、部屋には焦げ付くような緊張感が流れていた。



「父上から連絡があった。議会の招集は滞りなく進められ、今朝方、父上ご自身も宮廷へ出向かれている。リッチュル辺境伯の動きはまだ掴めない。辺境伯の領地に出した招集の早馬が戻ってくるのは明日になるだろう。よって、シュピネとケーターは予定通り帝都へ向かえ。ラッテの部下と連絡が取れたら第一報だ」


「かしこまりました」


「次に辺境伯についてだが、まず招集に応じたかどうかがわかった時点で報告しろ。次に調べるのは、辺境伯が教皇庁にどのような利益をもたらすつもりなのかだが、これについてはあらかた考えた。辺境伯や聖堂参事会(シュティフト)の関係者だけでなく、アウエルバッハ伯の周辺を探れ」


「アウエルバッハ伯、ですか?」


「ああ。俺の予想では、辺境伯が教皇庁に約束したのは十字軍の完全勝利だ。戦況を優位に運ぶのに必要なのは強力な援軍の存在。リッチュル辺境伯領はクロアチアが近く、アウエルバッハ伯領にはマジャル人の住む区域がある。この二つの勢力を取り込んで、あわよくばビザンツとの連合軍をまとめる。特にマジャル人はキリスト教化してからの歴史が浅いから、異教徒に対する弾圧が激化する中、信徒として教皇庁への誠意を見せるにはまたとない機会だ。喜んで協力するだろう。辺境伯が斜陽にあったアウエルバッハ伯の援助をしだしたのも、最初からマジャル人の戦力を狙ってのことだと思われる」


「かしこまりました。では領地のマジャル人に関する動きがないかを中心に探ってまいります」



 そのお話を聞いて、少し疑問に思った。アウエルバッハ伯はクラウス様のお父様だ。クラウス様のことを警戒しているヨハン様は、日頃よりクラウス様の一挙手一投足に注目しているはず。わざわざ帝都に行って探る対象と思えない。



「クラウス様の身辺を洗ったほうが早そうな気がいたしますが……念押しということでしょうか?」


「いや、クラウスに関しては、いつもその荷物や書簡のすべてを確かめているのだ。表面的な内容だけでなく、暗号が隠されていないかにも目を光らせていた。しかし、イェーガー方伯領にいるクラウスではマジャル人との交渉は不可能だし、うちに気づかれれば計画を阻止されるから、クラウスには伝えていないのだろう」


「さようでございましたか、失礼いたしました」


「当然の疑問だ。俺もあの家はクラウスなくして立ち行かぬと思っていたが、ぬかったな。辺境伯の入れ知恵があればアウエルバッハ伯単独でも十分動ける。まぁ、どのみち想像の域を出ない話ではあるが……今まで、辺境伯がアウエルバッハ伯のことをそこまで買っているとは思っていなかったからな」



 ヨハン様が唸る。クラウス様の優秀さを危険視するあまり、アウエルバッハ伯の重大な決定事項にクラウス様が噛まないことなどあり得ないと思ってしまっていたのだろう。辺境伯の綿密な計画がうかがえる話だった。



「……とはいえ、もし本格的に連合軍の組織に向けて動き出すのであれば、さすがに何らかの形でクラウスにも話がいくはずだ。領地に残るオイレは、ここ数か月でクラウスが受け取った荷物や書簡をできる限り遡って、改めて怪しいものがなかったかを洗い出せ。あいつのことだ、重要な書簡は全て燃やしているだろうが、受け取りの記録はビョルンがとっている。ビョルンと連携しろ」


「かしこまりました」



 オイレさんも命令を受け取った。これで作戦行動開始となる。



「間に合うと良いですね……」



 私が思わず呟くと、ヨハン様は意地悪そうに鼻で笑った。



「間に合う? 何がだ?」


「何って……辺境伯を足止めをして、戴冠する前に情報を集められると良いのですが」


「既に間に合っておらん。仮に今から宮廷に呼び戻せたところで、辺境伯はもう強行突破できるだけの駒を揃えてしまっている」


「え!?」



 私だけでなく、全員が息をのむ。辺境伯の戴冠を阻止するための作戦ではなかったのか。ヨハン様は意地悪そうな……そして自虐的な微笑みを浮かべたまま、私たちの呆けた顔を見まわした。



「ヤープが辺境伯のローマ行きの話を持ってきたのが一昨日の夜だ。しかもその話をローマで聞いたのだぞ? ローマからイェーガー方伯領まで何日かかると思っている? ヤープが伝言を持ってきた時点で、辺境伯はローマ入りを果たしているはずだ」


「では、なぜこんなに人員を割いて……」


「別にお前たちに無駄働きをさせる気はないし、議会の招集も必須事項だ。ただ、宮廷に戻ってきた辺境伯の頭に冠が乗っていようがいまいが、皇位の正当性を否定できるだけの材料が欲しい」



 衝撃的な告白に、全員が口を開く(すべ)を持たない。ヨハン様は疲れたように頬杖をついて、姿勢を崩された。



「教皇庁は教皇が認めれば皇帝となると思っているだろうが、そんなものは向こうの勝手な解釈、本来は選帝侯会議と両方揃って初めて『正当な皇位』と言えるのだ。中途半端な皇帝が二人いるのなら、先に帝位についている方を優先するのが筋だろう? ディートリヒ3世の在位中に、教皇庁側からではなく辺境伯から(・・・・・)戴冠に向け働きかけたという証拠を集められれば、謀反として訴え出ることもできよう」


「えっと、それはつまり……」


「ああ。今回の話、リッチュル辺境伯かディートリヒ3世か、片方は必ず処刑台に上るのさ。どちらになるかは天の采配といったところだな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ