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記されえぬ知

お陰様で、ユニークアクセス2万、PV20万を越えました。こんなにもたくさんの方に読みに来ていただき、なんとお礼を申し上げてよいやら、感謝の言葉もありません……

「よく来た、顔を合わせるのは初めてだな。お前がウリか」


「は、はい……!?」



 流石にヨハン様から直接声を掛けられるとは思っていなかったのか、ウリさんがどぎまぎと答える。そういえばヤープが初めて塔に来た時もそうだったなと、私は思い出した。



「はじめに言っておく。ここは夢見るような(フェルトロイムト)城の中だ。この塔の中での出来事は、全て夢だと思えばよい。俺は今日、お前に刑吏の知識を教わるつもりでいる。まどろっこしいのは嫌いだから直接質問するが、いちいち身構えるな。言葉遣いも気にする必要はない。伝える情報の正確さだけに気を配れ」


「……承知です」


「それからヘカテー、書記を頼めるか。ウリが話したことはできるだけ全てを記録しておきたい」


「かしこまりました」


「さて皆、移動しよう。解剖した臓器を2階に保存している。お前も説明するなら見ながらの方が早いだろう」



 ヨハン様はテーブルの上に置いていたジブリールさんの本を手に取ると、皆に先導して2階の書庫に向かわれた。本や薬草と共に、解剖後の臓器や骨などを保管している部屋。扉を開けると、流石のウリさんにも驚きの表情が見て取れる。


 ヨハン様は大きめの陶器を二つ取り出された。どちらもギリシア語で『στόμαχος (胃)』、そして解剖を行った日付が書いてある。



「ウリ、解剖については聞いているな?」


「はい。目的も方法も、息子から具体的に聞いています」


「では説明は省く。今テーブルに置いた2つは共に『胃』という器官だ。こっちは三月ほど前に行った解剖で取り出した、死後2~3日のもの。こっちは半分に切ってしまったが、先週解剖した死の翌日と思われるものだ。見てみろ」



 ヨハン様は器に貼られた紙を指し示しながら、一つずつその蓋を開けられた。



「ほぅ、綺麗に保存されているもんですね……漬けているのは酒ですかい」


「そうだ。東方(レヴァント)の技術で、限界まで濃くしたワインを使っている。それよりもお前に訊きたいのは形についてだ……胃というのは、死ぬと形が崩れていくものなのか? 内側から溶けるようにして、最終的にはほとんどなくなっている時もあるようなんだが」


「さようですね。胃袋の中には毒液が溜まってるんで、死ぬとそれが自分を溶かしちまうんですよ」


「毒液だと!? 人間も毒を持っているというのか!?」



 ウリさんから帰ってきた驚きの答えに、全員が息をのむ。



「ええ。ほら、ちょっとえずいたり(・・・・・)した時に、喉がピリピリ焼けるような感じがありませんか? あれがその正体ですよ」


「言われてみればそうだが……どうして生きている間は大丈夫なんだ?」


「さぁ、毒蛇が自分の毒に当たらねぇようなもんですかね。ただ、胃袋の毒液に耐えられるのは胃袋だけなんで、尋問の時は傷つけないように避けるんです。失敗すると、漏れ出した毒液が他の臓物を溶かして、1日もすれば死んじまうんで……私たちが内臓まで刃を入れるのは、殺していいときだけですね」


「その毒液は何のためにあるんだ? 俺たちは口から毒を吐いて獲物を攻撃したりはしないはずだが……」


「そこが蛇とは違うところで、人間のは攻撃でなく、食べ物を溶かすためにあるようですね。あとは毒を以て毒を制すというか、多少悪くなったものを食べても簡単には死なないのは、この毒液があるからだそうで。こういうのは胃袋だけじゃなくて、他にもありますぜ」


「ああ、脾臓や肝臓などだな。肝臓系の臓器の一部で発生するということか」



 ヨハン様は珍しく、興奮した様子で捲し立てていらっしゃる。無理もない。ウリさんがこの部屋に来てからほんのわずかの間に、知られざる刑吏の知識が次々と明らかになっているのだ。私は余計な考え事で聞き逃してしまうことがないよう全力で集中し、お二人の会話の控えを取ることに専念することにした。



「申し訳ありません、私は学問の方はからきしで、臓物の正式な名前はわかりかねますが……そうだ。あんたさん、ちっと腹出しな」



 ウリさんはオイレさんを横に立たせて上衣(チュニック)をまくらせると、指で指し示して説明を始めた。



「まずこの辺にあるのが胃袋ですね。さっき見せていただいたものは形が崩れた後でしたが、生きている間は膨らんだ三日月みたいな形をしてます。それからその上にある、大きなそら豆のような臓物、こいつも溶けます。ただ、一番溶けやすいのはその下に細長く伸びている黄色っぽい臓物です」


「膵臓か! ガレノスは胃を守る緩衝材と書いていたから余り注目していなかったが……溶けるということは、これも中に毒液があるんだな?」


「ええ、さようで。処刑で内臓開きをやると、生きている人間のはこの辺からこの辺まで伸びてるんですが、埋葬する時にはもうほとんどなくなっていたりしますよ」


「なるほど。ということは、膵臓にはかなり強力な毒液が入っているのだな。単なる緩衝材などとんでもなくて、もっと大きな働きを担っているはずだ。肝臓の補助か、あるいは独立した器官なのか……」


「申し訳ありません。その辺は私にはわからねぇんで、お医者様にでも訊いたほうが早いと思いますが……ここは、柔らかい臓物の中でも特にやわ(・・)な部分です。毒液の強さでいったら、やっぱり胃袋のが一番強いと思いますね」


「ウリ、実は先週の解剖の内臓はほとんどそのままとってある。調理場に移動して、実際に見ながらひとつずつ確認していこう。生前の姿から変化があるものや、刑吏の間でその機能が伝わっているものがあれば教えろ」


「もちろんです」



 オイレさんが、お酒に漬けておいた他の臓器を調理場まで樽ごと運び、台の上にどさりと置く。遺体はすでに傷を縫って埋葬済みだ。いつもは体内からひとつずつ切り離していくので、中身だけが丸ごと置かれている光景はどこか非現実的な感覚があった。



「さぁ、上から順に見ていこう。肝臓系は時間がかかりそうだから、まずは呼吸器から行くか。この管が空気の通り道だが……」



 ヨハン様はジブリールさんの本を片手に、時折ウリさんに絵を見せては形状の確認を取りながら、矢継ぎ早に質問を繰り返す。聡明な貴族の方が、嬉しそうなお顔で刑吏に教えを乞うその姿にも、私は調理台の上と同じような非現実感と……表現しがたい何かを感じていたのだった。

というわけで、自己融解についてのお話でした!


ウリの知識レベルは想像です。刑吏たちには独自の医学知識があったらしいという記録はあるのですが、彼らは本を残すことをしていないため、実際にどの程度のことを知っていたのかはわからないのです。

でも、尋問で間違えて死なせないためのノウハウはあったと思われるので、そのための解剖学的な知識には明るかったんじゃないかな、と思っています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どういうふうに痛めつければ死なないかって、刑死のウリが知識を披露したところ。ウリは外見からしてあれかな?と思いながら、新キャラの活躍を楽しみにしています。
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