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冷ややかにして温かな

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「そうだな、ウリとは一度ゆっくり話がしてみたい。向こう2週間くらいでどこか予定を押さえておけ」


「かしこまりました」



 そう、刑吏の持つ知識と経験の貴重さは、前回ヤープと解剖を行ったときにも証明されていた。隠密の皆さんが塔から出られないヨハン様の目や耳、手足に代わり帝国内外の情報を集めるように、ウリさんにその目でみてきたものについて語ってもらえばよいのだ。もちろん解剖学を目的として観察しているわけではないので、ヨハン様が実際に眼で見るほどの情報は得られないだろうが、実践(・・)している人から聞き出せる言葉であれば、想像や引用で埋められた本よりも信憑性は高い。



「では、今回切り出した臓器は、このまま酒に漬けて保存しておこう。俺たちの手で好き勝手に切ってしまうより、ウリも説明がしやすいはずだ」



 ヨハン様のご判断により、解剖は一旦ここで中断することとなった。胃は既に切り開いてしまったあとだが、真っ二つで切り口もわかりやすいので、そこまで支障はきたさないだろう。


 切り出した胃のみをとりわけ、他は丸ごとお酒の樽に漬けておくことになった。ワインを蒸留器(アランビック)にかけて作る東方(レヴァント)のお酒は、皮膚の治療や解剖に使用した器具の毒消しにも使うので、明日からはまたたくさん作らなくてはいけない。私は初めてその作業をして酔っぱらってしまったときのことを思い出して、少ししょっぱい気持ちになった。



 ……そして翌週、再びオイレさんが塔にやってきた。部屋の位置関係上か、私も関わる用件の時は必ず先に声を掛けてくれているように思う。



「おはよぉ」


「おはようございま……す?」



 オイレさんは今回も背中に大きな袋を背負っているが、その袋はなんだかもぞもぞと動いている。



「あの……その袋はいったい……?」


「あぁ、ここまで来たら開けても大丈夫だねぇ」



 床に下ろされた袋は、どさ、といかにも重そうな音を立て、そのまま自立した。袋の口が開かれると……何か白いものが出てきた。オイレさんは袋の中に手を突っ込んでそれ(・・)を引っ張りあげる。



「お疲れ様ぁ」


「ああ、お疲れ(・・・)だよ。誰のせいだ」



 中から出てきたのは人間だった。



「だって君、目立つんだもの。袋に入れて運ぶのが一番合理的でしょ?」


「まったく、せめて置くときぐらいは慎重に扱ってくれないもんかね」



 見たことがないほど白い肌、同じく真っ白なぼさぼさの髪、そして真っ赤な瞳をした男の人。不機嫌そうに顔を歪め、肩や首をまわしてポキポキと骨を鳴らしている。



「初めまして……?」



 私が声を掛けると、彼ははっとした顔で跪こうとするので、慌てて止めた。



「そのままで大丈夫ですから! もしかしてウリさん、ですか?」


「大変失礼いたしました、ウリと申します」



 ウリさんはそういって顔を伏せ、押し黙ってしまう。



「やっぱり、ヤープのお父さんですね!」


「息子がご迷惑をおかけしています」


「いえいえ、迷惑だなんて。私は友達が少ないので、彼が仲良くしてくれるのはとても嬉しいんですよ」


「お心遣いありがとうございます」



 困った、会話が続かない。そういえば、以前ヤープも「誰とも仲良くならないようにしている」と言っていた。刑吏という立場上、あえてそうする癖がついているのだろうか。



「あ、ウリ? この子とは普通にしゃべって大丈夫だよぉ?」


「俺はこれが普通なんだが」


「あ、そうだった! 要するに、もっと砕けた感じで会話してあげて」


「できるか」


「なんでぇ? 僕としゃべるときはできてるじゃない」


「あんたさんのことはもう諦めただけだ」



 お二人のやり取りを見ながら、オイレさんはよくウリさんとここまで親しくなれたな、と内心驚嘆した。



「あの、私、何かお気に触ることでも言ってしまいましたか……?」



 さすがにそうではないとわかってはいるが、一応訊いてみた。今日は刑吏の知識を話してもらうために塔に呼んでいるので、もしもヨハン様に対しても同じ調子だったら困ってしまう。砕けた口調とまではいかなくとも、きちんと会話をして欲しいということは伝えておかなくてはいけない。



「そんな、とんでもねぇです!」


「でしたら、そんなに距離を作らないでください。今日はお話しするために来ていただいたんですから」


「お嬢さん、私のことが怖くないので?」


「えっ、特には……? お会いしたのは初めてですけど、ヤープのお父さんですし」



 確かに刑吏は忌み嫌われる存在だが、怖いのは刑吏本人ではなく、刑吏と親しくすることによってたつ悪評や、巻き添えで自分が賤民に落とされることだ。この塔の中では悪評もなにもないし、身分に関しては私はすでに社会の枠から外れている。


 ウリさんは少しの間戸惑ったように私の顔色を窺っていたが、やがて、ふっ、と笑みをこぼした。



「なるほど、変わったご主人様のもとには、変わった連中が集まるってことかい……お嬢さん、今日はよろしくお願いしますぜ」


「はい、こちらこそ!」


「じゃあ行くよぉ」



 私たちは連れだってヨハン様の私室へ向かった。刑吏、歯抜き師、貴族の隠し子……たしかにこんな顔ぶれでは、ご領主様のご子息にお目通り叶うことなど、普通はとても考えられないだろう。



「ヨハン様、オイレでございます。ウリをお連れいたしました。もちろんヘカテーも」


「ああ、全員入れ」



 いつも通り、扉の向こうから響くヨハン様の冷ややかなお声。しかし、わざわざ全員(・・)と指定するあたりにそのお心遣いがうかがえる。ずっと塔にいると感覚が麻痺してしまうところがあるが、私はヨハン様の与えてくださる奇跡のような環境に、もっと感謝しなくてはいけないと思った。

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