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掛け合い問答

ラッテ視点です。

 今日の任務は少し特殊だ。諜報でもなく、政治工作でもない。ヨハン様のご趣味(・・・)に少しばかり付き合うだけ。だから、厳密にいうと任務といっていいのかもわからねぇな。


 相棒も珍しい。同じ諜報を担当する隠密の中でも、オイレとはほとんど一緒に行動したことがねぇ。まぁ、こいつはそもそも単独任務が多いと聞いたことがある。隠密の中で唯一、世間様に堂々と顔と名前を曝け出している奴だから、何かあった時に他のが巻き添えを食らわないようにって配慮なんだろう。仕事ぶり自体は信用しているから特に気にしちゃいないが、壇上でド派手に動く仲間と連携するってのは慣れねぇもんだな。


 そんな訳で、歯抜きの観客に交じって、レーレハウゼンに広まる情報を操作するのが今日の俺の役目だ。



「……いやいやそれとももしかして、オイレの歯抜きが上手すぎたぁー 」



 お決まりの口上で歯抜きのパフォーマンスが終わり、周囲が喝采に包まれた後、主に女性客たちが徐々にそわそわとし始める。



「愛の妙薬は売ってないのかい?」


「あたしはまだ1度も買えてないんだ、売るんだったら先に並ばせてちょうだいよ!」



 そう、あの紫色の塗り薬はいつでも売っているわけじゃない。オイレの大道芸の最後で、数回に1度程度、少量を売っている。あくまで副次的なものとして扱わないと修道士や薬屋との住み分けが面倒なことになるし、そもそもあの薬は材料が限られていて大量に売りさばくことができないからな。



「あらあら、せっかちなお嬢さんがた 私はあくまで歯抜き師で、薬を売りに来たわけじゃなし オイレの芸を見に来ておいて、芸見るだけでは不服かね」


「いや、そんなことはないけど……やっぱりあるんだったら欲しいじゃない!」


「そうよそうよ!」


「女だけ相手に売るんじゃねぇ、俺だって彼女が欲しい!!」



 改めて現場に来てみると、薬に対する熱気が伝わってくる。『愛の妙薬』とはよく考えたもんだ。男女関係なく興味をひき、尚且ついざというとき言い逃れしやすいように冗談っぽさをきちんと残してある。



「まぁまぁ、皆さまお静かに このオイレ、困った人を見捨てちゃおけない 芸の稽古の合間をぬって、レシピ通りに作ってきたよ 門外不出の愛の妙薬、ドゥルカマーラ先生の大発明ぃー!!」



 そう言って、小さな壺型の容器をさっと取り出し、例の大先生(・・・・・)の名前を出した時が、俺が出ていく合図だ。



「おい、歯抜き師! 気になってたんだがよ、ドゥルカマーラ先生なんて本当にいるのか?」



 今日は薬が買えると分かって沸き立つ群衆が、一瞬静かになった隙を狙って、わざと鋭い言葉を投げつける。



「さも有名人みたいに言ってやがるが、俺はそんな奴聞いたことないぜ?」


「おやおや、疑りぶかいお兄さん もしやあなたもお医者様?」


「いや、ちげぇけど……俺はただの雑貨屋だ」


「ほぅほぅ、賢い(・・)お兄さん ならば一体どうしてかしら どうして自分がその名を知らないからと、存在しないとお思いに?」



 壇上のオイレは厭味ったらしくニヤニヤ嗤うと、いかにも俺を馬鹿にした調子で歌うように問いかける。俺の質問で戸惑っていた群衆の気持ちが、オイレの方に少し傾いたのがわかった。打合せにはなかった流れだが、確かにこっちのが信憑性が増すなぁ。こいつ、なかなかやりやがる。



「だってよ、あんた、芸人のくせにモノなんか売り出して、急にずいぶん稼いだって話じゃねぇか。イカサマ疑うくらい当然だろ?」


「イカサマだなんて心外な このオイレ、かの先生の直弟子なれば、そのお心を裏切るだなんてできません」


「じゃあ証拠を出しな、証拠を! 芸人にモノまで売られちゃ、俺たち商人は商売あがったりだ!」


「そのご意見はごもっとも ではではどうしたものかしら」



 オイレはわざとらしく考え込むポーズを決めると、思いついたようにパチンと指を鳴らし、さっと右手を高々と挙げた。



「お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんかーぁ!?」



 広場がしん、と静まり返る。当たり前だ。医師なんてご身分の連中は、大道芸なんか観に来ないからな。



「いやいや困った、困りました お医者様がいたならば、知ってるお方もいたろうに」


「そうやって煙に巻くんじゃねぇ! やっぱり嘘っぱちなんじゃねぇか?」


「ではではどうしたものかしら かくなる上はこのオイレ、秘蔵の品を出さなきゃいけない」


「また適当なこといいやがって、また妙な薬でも出すつもりかい?」


「いつものあれは妙薬(・・・)ですよ 妙な薬(・・・)じゃございません それはそれとて秘蔵の品は、いつも私が持っている、ドゥルカマーラ先生の著作のひとーつっ!」



 今度はどこからか冊子を取り出して高々と掲げる。もちろん、ヨハン様の作られた医学の冊子だ。



「さてさて、再びお伺い お客様の中に、文字を読める方はいらっしゃいませんかーぁ!?」



 今度はちらほらと手が上がる。



「どなたに読んでもらおうか 修道士様に修道女様、助祭・歯抜き師・床屋さん 医術の心得ある方ならば、もっと、一層、ありがたし」



 ここで職業が限定された。俺は気づかれないようにざっと会場を見渡し、反応を見せた人間を探す。といっても、やっぱり最初の3つはいるはずもねぇ。手を挙げてる連中の中には床屋が4人と薬屋っぽいのが2人。手を挙げないでじっと様子を見ているあいつは歯抜き師だろうな。



「ではではそちらのお兄さん この冊子、一体なんて書いてある?」


「えーっと、新しい……カイボウガク、概略版、ガエターノ・ドゥルカマーラ著、だそうだ……なんだ、ちゃんと著書があるじゃないか!」



 その床屋の一言で、広場が笑いに包まれる。俺はわざと小さな声で『わかった、わかったよ』と言い、恥ずかしそうに(・・・・・・・)首を振ってから広場から離れた。


 仕切り直しとばかりに薬を売り始めるオイレの声を背中に聞きながら気配を消して、少しほくそ笑む。たまにはこういう相手と組むのも悪くねぇ。相手の見極めがずいぶん簡単だったぜ。あとはあいつらの素性を調べりゃ、今回の俺の任務は終わりだな。

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